アルゼンチンの公共放送

◆今日の昼は、アルゼンチンに20年以上在住されている方と食事をしていました。その中で、「アルゼンチンの公共放送(7チャンネル)面白いよ。夜の9時から始まる『6・7・8』を見てみたらいいよ」との仰ったので、今日は、それを見ながら、このブログを書き始めています。

◆アルゼンチンの公共放送に注目するのは、今朝のアルゼンチン主要紙の一面に取り扱われていた「メディア法施行差し止めの却下」とも多少なりとも関連するためです。アルゼンチンでは、ここ1年近くにわたって、テレビ・ラジオ放送の憲法ともいえる「視聴覚メディア法」の改正について議論されてきました。ポイントは幾つかありますが、(1)最近の通信放送の技術の進歩に現存するルールが適していない、(2)そのルール改正によって既得権を有するメディア各社にとっては不利益を被る、(3)ルール改正を進めるのがフェルナンデス大統領一派であることが胡散臭さを醸し出している、といったところが関係してきます。

◆アルゼンチン国民の間では、この(1)から(3)のどのポイントに重点を置くかによって、この法案の改正への評価が全く異なります。まず、(1)を重視する方々にとっては、この改正は技術的な話であり、例えば、地デジの新方式(日本方式)の導入によって、これまでの放送業界の秩序が大きく変化する可能性を秘めています。アルゼンチンのメディアで流れていることをどこまで信用すべきであるかについては、ウルグアイから彼の国をウォッチしていた頃から悩ましいと思っていました。これまでのメディアに懐疑的であったり、(1)を重視する人々にとっては、この新技術の導入とそれに伴う法改正は「情報の民主化」と好意的に見ます。

◆ところが、(2)や(3)に重点を置く人々にとっては、権力者が自らに有利な秩序を築いているものだと批判をしています。ましてや、フェルナンデス大統領と当地のメディア・コングロマリットである「クラリン」が2008年以降、決定的な対立関係に陥ってからは、今回のメディア法改正の動きを「クラリン潰し」の一環と見なされていますし、「視聴覚メディア法」そのものについても「『K』メディア法」と呼ばれています(「K」はフェルナンデス大統領とその夫である前大統領の苗字である「Kirchner(キルチネル)」を指します)。今回のメディア法の成立に際して、「K」側が支持を得るために懐柔を図って、それが効を奏したことが更に(3)のイメージを高めています。

◆前置きが長くなりましたが、この「メディア法」、アルゼンチン国内の連邦を含む複数の裁判所で、違憲であるとの訴えが出ており、これまで一部条項や法律全体の施行差し止めの判決が出ています。その中で、昨日、メンドサ州の連邦裁判所で訴えられていた法律全体の施行差し止め判決が却下されました。新聞紙面では「歴史的な判決」ということで大きな取り扱いをされています。実は、法律全体が施行されないと、地デジの日本方式の本格普及が進まない事情があったりします。

◆しかしながら、日本方式の地デジ放送は開始されていないかというと、冒頭に述べた公共放送(7チャンネル)では開始されています。この公共放送では、11日から始まったワールドカップの地上波の放送を独占しており(※「独占」ではありませんでした。ごめんなさい。100617追記)、ほぼ一日中サッカーの試合とそれら結果のハイライト番組の放送を繰り返しています。また、地デジ放送開始に当たっては、普通のテレビを地デジに対応させるための小型のセット・トップ・ボックス(信号交換器)を25万台ほど政府主導で無償配布をしています。こうした新しい秩序構築に向けた政府の動きを行っているのがフェルナンデス大統領(及び「K」前大統領)であるために、政治的な計算高い動きとして、胡散臭さが引き立つことになっています。

◆ただ、以上の「K」夫妻による政治的な動きを抜きにすると、「7チャンネル」の公共放送としての質は保証されているのではないかと思います。冒頭に触れた「6・7・8」では、アップデートな話題を取り扱う番組コンセプトのため、まさに「メディア法」の話を6名の識者を通じて両論併記で議論していますし(「6・7・8」の意味は、「6人の識者が7チャンネルで夜8時(今は9時)から議論する」ということだそうです)、番組の見せ方でも、チャンネル7の社長が映画監督であるためか、視覚を意識した作りになっていると見受けられます。

◆最後に、政治と公共放送の立ち位置について、実は日本に一日の長があると思われます。NHKに言いたいことがある日本の国民もいるかもしれませんが、そこに蓄積されたノウハウ(成功も失敗も)については、海外でも知るに値するものではないかと思っています。南米などの国では、どうしても公共放送は時の権力者の玩具になりかねないリスクがあるのも事実です(アルゼンチンではそれがテーマになっていますし)。また一部の南米諸国では、公共放送の重要性を認識したことによって日本方式に関心を寄せた国もあるわけで、その辺りを意識した日本発の貢献方法もあるように思われます。
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