ブラジルの魂胆

◆週末の新聞紙面も中心は、ENCEのセルロース工場建設見直しの記事。これについては、色々思うところがあるので、フォローしていこうと思っています。ただ、それより先に溜まっている宿題をやってしまいます。それは、上記の「関連したBlog」で、ウルグアイの対米FTAの協議の可能性へのブラジルの好意的な姿勢について、「どこで方針を転換したのか」ということです。少し頭の体操をしてみようと思います。

◆ブラジル政府は、ウルグアイの対米FTAについて、当初は反対の姿勢を貫いていました。2006年1月にアストリ経済財務相が米国や中国とのFTA協議の可能性について言及した際にも、ブラジルのアモリン外相は「どうしてもやりたいなら、メルコスールから脱退してやれば良い」と述べていましたが、これは当時のブラジル政府の本音だったと思います。ブラジルとしては、名実ともに「南米の雄」として君臨していることが前提で動く国であり、他国がその権益を侵害しようものなら、それを潰しにかかるという行動規範が存在しています。ウルグアイの行動は、その秩序を乱す行為と映ったわけです。

◆メルコスールの役割というのは経済的側面で発生したものですが、現在は政治的な色彩が強まっています。域内関税ゼロの動きが先延ばしされているなかで、今年のベネズエラのメルコスール加盟をみるように、当初の関税同盟的な目標ではなく、「南米共同体」という政治的な目標のツールになっているのが現状です。域内統合による経済的なベネフィットを享受するためにブラジル又はアルゼンチンとの門戸を開放したウルグアイにとっては、一向に進展しない経済的な域内統合によって、2大国にうまいようにやられてしまったという意識が強いです。更に、昨今の政治的色彩が強まってしまったメルコスールを前に、それなら自らが新しい市場を開拓しようと動くのは当然の成り行きでした。

◆ブラジルはウルグアイの動きを実力行使で止めるまでには至りませんでした。南米域内を中心とした国際環境がブラジルの考え方を変えてしまったためです。最初の事象は、4月に行われたボリビアによる天然資源国有化の動きです。そこでブラジルが直面したのは、ブラジルの権益を侵す政権が自国のすぐ隣に登場した点です。同じ左派政権ということで、モラレス政権の動きには一定の理解を示していましたが、天然資源国有化の過程においてボリビア国内にあるPETROBRASの施設を差し止める行動に出たのは予想外だったかもしれません。

◆そして、ブラジルにとってボリビアの直接的な行動よりも懸念材料であったのは、モラレス政権の後方にベネズエラのチャベス大統領の影があることを確認したことでした。天然資源国有化は司法的見地からも周到に進められていましたが、その過程ではベネズエラが手伝ったとの報道がされています。ブラジルのルーラ大統領にとっては、表向きはさておき、実際にはブラジルの国益を侵害することに手を貸してるベネズエラへの捉え方をこの時点で決定的に変えたと見ています。つまり、ルーラ政権としては、ベネズエラとは手を握ることは出来ないということです。それ以降、ブラジルはチャベス政権から一定の距離を保つようになりました。

◆常にブラジルが考えていること、それは「南米の雄」で維持し続けることです。ベネズエラが「南米の雄」の地位に色目を見せるのであれば、それを周到に阻止することを考えます。現政権には、それを戦略的に考えることのできるブレーンがいます(アモリン外相とガルシア外交顧問)。彼らが導き出した当面の結論は何かといえば、「敵の敵は味方」ということであり、米国との関係を強化するということです。元々、ルーラ政権と米国政府とは関係が良好で、アルゼンチンで昨年開催された米州サミットでブッシュ大統領がコテンパンに批判された際にも、サミット終了後に訪問したのはブラジルでした。米国にとっても南米への外交が疎かになっていながらも、ブラジルとの関係をまずは良好に保っていることは、国益に適います。

◆ただし、両国を結びつけるタマがない。そこでブラジルが先兵として泳がせることにしたのがウルグアイです。ルーラ政権としては、政権第2期における隠し玉として米国との何らかの通商協定(FTAになるかは不明ですが)も選択肢に入れていると見られており、その前例を作ってもらうプレーヤーとしてウルグアイに頑張ってもらう判断をしたと考えられます。メルコスール加盟国は域外国と通商協定を結ぶ場合にその他加盟国の承認をもらわなくてはならないという障害があるなかで、ウルグアイが対米関係の前捌きをしてもらえば、ブラジルとしては将来的にフリーハンドになるという計算です(大国は前捌きなんてしません)。したがって、ブラジルとしては、現時点で敢えてウルグアイの動きに反対する理由はないと見ています。

◆実際に、ルーラ大統領は、先に行われたバスケス大統領との会談の席でブラジルも南アフリカとの2国間通商協定の可能性を匂わせています。ドーハラウンドも立ち行かず、新たな活路を見出す動きをブラジルも見せているなかで(そこは当然ドーハラウンドの成立に向けた動きと並行しています)、ブラジル1カ国によるFTAを含めた通商協定の可能性は魅力に映っているのかもしれません。

◆時の政権の動きに敏感に反応するのが民間セクターですが、先週にはウルグアイの大手精肉企業がブラジル牛肉産業大手Marfrigに買収される動きが報じられました。米国とのFTAになれば、牛肉をはじめとする産品の輸出が増大する見通しであり、現時点からウルグアイ企業への投資の可能性を探し出す動きが出ているようです。また、ブラジル企業にとっては、官民含めた金融機関の進出(BNDES及びITAU)がここ数ヶ月で整ってきており、ウルグアイ・シフトが着実に進んでいます。これによって、ウルグアイの「ブラジル化」が深まればブラジル政府にとっては一石二鳥とでしょう。
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