<   2007年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

◆今回は長文になりますが、2009年に行われるウルグアイ大統領選挙に向けた動きを紹介したいと思います。

◆ウルグアイの国内政治が6月4日を境に大きく動き出しました。これまでもコラムで書いてきましたバスケス大統領の再選への動きについて、バスケス大統領自身が公の席で自らの大統領職を一期限りで終わらせることをその日宣言しました。そのことによって、ポスト・バスケスの動きが急速に動き始め、場合によっては与党候補の選出に向けた政治闘争を通じてウルグアイ経済の不安定化を招く可能性も含んだものとなりそうです。

◆ウルグアイでは大統領の再選は憲法で禁じられており、過去の大統領もその原則を遵守してきました。例えばサンギネッティ元大統領は1985~1990年と1995~2000年に大統領職を務めてきましたが、そのように間隔を置いた理由には同国の憲法に書かれている再選禁止規定にありました。その意味で、大統領再選の禁止は政治的不文律であり、前政権までは敢えて政治的な争点にされることもありませんでした。

◆そのような政治的な素地があるなかで、バスケス大統領の再選問題が政治課題として擡げてきた理由はいくつかあります。一つは、長年続いた保守二大政党(コロラド党及び国民党)に対して蓄積された国民の政治不信です。2005年に左派政権(与党:拡大戦線)が誕生しましたが、それが決して南米諸国で流行していた左派連合の流れに従ったかのような偶発的なものではなく、同国において長年にわたって国民間に蓄積されてきた慢性的な政治不信の発露にあるかと思われます。従って、次に行われる2009年の大統領選挙でも当然左派連合である拡大戦線が勝利すると見込まれており、その際の大統領が誰になるのかという課題が浮上してきます。

◆理由の二つ目は、バスケス大統領のほかに左派連合の箍をきつく締めることの出来る政治家がいないことです。バスケス大統領は1990年にモンテビデオ県知事としてウルグアイ政界の桧舞台にデビューしていますが、それ以降は現実的なアプローチと通じて、従来のイデオロギー集団としての左派連合から緩やかな政治集合体としての左派連合へとクレンジング(洗浄)を図ることに成功した人物であると見ることができます。彼独特のバランス感覚による左派連合内での権力維持手法は大統領になっても続いており、見た目とはことなる堅実且つ家父長的なリーダーシップを発揮しています。

◆そして、三つ目は、南米諸国の動きです。軍政を経て民主化を達成した南米諸国において大統領の再選は政治的タブーに近いものがありました。大統領の権限の強さを抑止する方法として再選の禁止に求めていたところがあり、その権力の揺れ戻しによる軍政の誕生を抑止することも目的にしていた節もあるかと思われます。ところが、冷戦終了後によるイデオロギー対立の希薄化、更に軍の全般的な影響力の低下を通じて、大統領再選が与える政治的リスクよりも政権安定による経済を含めた安定の強化に目が行くようになり、そのことがブラジル、コロンビア、ベネズエラ等の政治に反映しているものと思われます。現在においてもアルゼンチン及びチリで再選問題が政治アジェンダの遡上に載っていると聞き及んでいます。

◆以上の諸条件が、ウルグアイの憲法が禁止しているのにもかかわらず、再選に向けたバスケス出馬論が消えてこなかった背景と言えるでしょう。

◆ここまでを要約すると、ウルグアイにおける大統領再選問題は、同国の構造的な左派定着化及びバスケス大統領の後継者不在がもたらせたものであり、更に南米諸国の政治文化が後押ししていることを説明しました。そのような前提があったものですから、ウルグアイの大方の政治学者を含めた政治ウォッチャーは、2008年にはバスケス大統領は再選に向けて動き出すものだと思っていた節があります(私自身も含めて)。

◆国民にとっても大統領再選問題については政治的な議題として受け容れる素地があったことを今年4月に行われたCifra社による世論調査で伝えられています。同調査によれば、「大統領再選の可能性について議論すること」に対して58%が賛成と回答し、31%が反対しています(不明は11%)。このように、今年初旬からメディアで騒がれていた同問題は国民の認知するところまで昇華しており、あとはバスケス大統領の心次第という状況にありました。

◆では、6月上旬がバスケス大統領にとって不出馬を決断させるような状況下にあったのかについて、今年4月時点のMORI社の世論調査を紹介しますと、バスケス大統領の支持率は44%であり、不支持率の25%を大きく上回っています。確かに、2006年12月時点の支持率50%(不支持率17%)と比べると悪化しているように見られますが、2006年4月時点の世論調査によれば、支持率44%(不支持率29%)であり、それほど大きな変化(悪化)をもたらせていません。

◆また、4月に行われたFactum社の世論調査ではバスケス政権の2周年に対する評価として、65%が好意的な評価を下しています。内訳としては、10%が「予想以上に良かった」、25%が「予想通りに良かった」、30%「思ったほどではなかったけど良かった」といったものになっています。これは「まあまあ」(20%)や「思っていなかったほど悪い」(8%)、「そもそも期待していない」(7%)を大きく上回るものです。以上のように、バスケス大統領が不出馬を決断させるような状況下にはなかったと考えるのが妥当かと思われます。

◆したがって、6月4日の2009年大統領選挙不出馬の宣言はあらゆる政治アクターに対して衝撃を与えるものであり、今後の政治的な見通しが一気に不透明になる印象を与えました。当のバスケス大統領は、今回の発表は既に周知のことであり、自ら2005年の大統領就任時における議会演説で「この議会において、自ら大統領として行う最初で最後の演説である」と述べています。そのような理由を引用されると確かにそうなのですが、その2005年の議会演説を誰も信じていなかった原因を作っていたのがバスケス大統領当人であったことも事実かと思われます。

◆何故バスケス大統領の2005年の発言が信じられてこなかったのか。それはバスケス大統領の個人的な資質ではなく、純粋に左派連合内において後継者を育ててこなかったことにあります。現在、2009年大統領選挙への出馬が有望視される候補にアストリ経済財務相及びムヒカ農牧相が挙げられますが、いずれもバスケス大統領の腹心という位置づけではありません。上下の関係ではなく、むしろ横の関係。場合によってはライバルでもあります。特に、アストリ経済財務相とは、2000年大統領選挙における党内選挙で共に戦い、2004年大統領選挙でも当時の左派連合の重鎮セレグニ氏(左派連合の創設者)によってアストリ上院議員(当時)を経済財務相に宛てることを了承させられたことで、バスケス大統領は戦わずして左派連合の統一候補となることができた背景があります。

◆ここで余談ですが、バスケス大統領の腹心と言われたいとしてずっとバスケス大統領に尽くしてきたのがニン・ノボア副大統領です。彼としては、バスケス大統領の後継者の位置が変わらない限りは、バスケス大統領が再選しようが辞退しようがどちらでも良かったのでしょう。その点、今回バスケス大統領の不出馬の抱き合わせとしてニン・ノボア後継指名とならなかったところに落胆している可能性があります。メディアでも同副大統領は有力候補から大きく後退しており、実はこのタイミングでのバスケス不出馬の一番の被害者はこの雪駄の雪のように長年ナンバー2として耐えてきたニン・ノボア副大統領ではないかと思われます。

◆ここでバスケス大統領不出馬の影響について書き始めたいと思います。バスケス大統領の不出馬宣言によって、与党・左派連合(拡大戦線)は後継者を誰にするかに関心が移行しています。そして、前回も触れましたが、そのなかで有力視されているのがアストリ経済財務相(写真上)とムヒカ農牧相(写真下)の2名です。

◆まず、アストリ経済財務相の支持母体は党内中道及び中道左派勢力です。左派連合のコップの中で区分けするのであれば、左派連合内の「右」側勢力になります。現在のバスケス政権のマクロ経済運営はアストリ経済財務相を中心に進められており、その舵取りによってウルグアイ経済は回復上昇していると理解されています。バスケス大統領も経済政策について全幅の信頼を与えており、経済面では「バスケス大統領・アストリ首相」という構図が成り立っています。

◆一方のムヒカ農牧相ですが、国民的な人気は高く、彼のカリスマによって所属派閥のMPPは左派連合の最大派閥になっています。左派連合には主に8つの派閥があるなかで、MPPだけで30%以上を占めており、2番目に大きな派閥が15%前後であることからすると、いかに左派連合内では巨大な派閥であり、彼のカリスマがまた大きなことかを確認できるでしょう。ただし、このMPPの中でも小派閥が存在しており、ムヒカ農牧相が属する小派閥はMPP内のマジョリティーをとっていません。この辺りが複雑なのですが、派閥の枠を超えて、ムヒカ農牧相は国民的な人気を有しているとはいえるでしょう。

◆この有力者2名ですが、既に政権発足当時から思想的且つ政策的に対立を見せており、それでもバスケス大統領の下では「大人の対応」を行ってきました。アストリ経済財務相が左派連合内で「右」の勢力を代表していれば、ムヒカ農牧相は「左」又は「ポピュリスト」的な立場からそれら党内の勢力を安全弁になってきました。ただし、緊縮財政を死守するアストリ経済財務相に対して、ムヒカ農牧相は長年国内問題とされている農牧関係者の債務見直しを主張するなど、政治的な課題に対してはそれぞれ異なる主張を述べてきています。他にも、対米FTAが議論されていた際にも、積極的な推進者であるアストリ経済財務相の一方で、米国との接近に対して慎重な姿勢を崩さないムヒカ農牧相がいました。

◆この思想的且つ政策的にアプローチの異なる二人が共存してきた理由の一つがバスケス大統領という調整役の存在です。与党・左派連合の均衡はひとえにバスケス大統領のバランス感覚によるものであったといえるでしょう。ところが、6月4日のバスケス大統領不出馬発言によって、アストリ経財相系及びムヒカ農牧相系の両勢力が2009年大統領選を否応にも意識するようになり、両勢力間の不協和音が加速する可能性があります。

◆バスケス大統領の2009年大統領選挙不出馬表明によって、ウルグアイのメディアは、アストリ経済財務相とムヒカ農牧相の2名が中心となって対決の道を歩んでいくのではないかと見ているとともに、第三の候補が出現するのではないかとも見ています。目下、第三の候補として注目されているのが今年3月に予算企画庁長官に就任したルビオ前上院議員(写真上)であり、この他にもモンテビデオの隣に位置するカネロネス州のカランブラ県知事(写真中)などの名前が出ています。

◆この第三の候補の動きですが、アストリ経済財務相封じが目的と見られています。地元紙の報道によると与党・拡大戦線(左派連合)内では2006年より「反アストリ」を意識した政治的な連携が図られています。連合内では、MPP、社会党、共産党、VAといった主要派閥から構成されており、ムヒカ農牧相がこの連携に深く関与していると言われています。なお、バスケス大統領にも覚えが良いとされるルビオ予算企画庁長官はVA出身、カランブラ県知事はMPPに属しています。

◆第三の候補をどうしても必要としているのは「反アストリ」勢力である事情があります。その理由はムヒカ農牧相の健康問題です。ムヒカ農牧相は既にバスケス大統領誕生当時から健康上問題があるとされており、バスケス大統領の任期の中盤あたりで辞任するのではないかと言われてきました。健康問題を克服したという話は一向に聞きませんし、現在の健康状態では、万が一大統領に当選しても、職務が務まるとは自らも思っていないでしょう。彼にとって好都合であるのは、自らの大統領とはならずに影響力を維持しながら次期政権を運営できることであり、そのためには「代理人」ともいえる第三の候補はムヒカ農牧相にとって都合が良いと考えられます。

◆アストリ経済財務相はその辺りの「反アストリ」勢力の目算が分かっているでしょうから、第三の候補論に組する意思を全く持ち合わせていませんし、2009年には確実に大統領候補として立候補するでしょう。既にウルグアイ国内の報道によると、アストリ経済財務相筋から、同相は2008年のどこかの時点で辞任して、2009年の大統領選挙に備えると報じられています。党内基盤が必ずしも強くなく、党内の交渉では勝ち目のない同相は、既に退路は断っており、ひたすら前進しかない状況にあります。

◆それでもアストリ経済財務相の強みは、これまでの経済実績と与党の枠を超えた支持の高さです。例えば、就任1年後に行われた世論調査では、主要閣僚のなかでは一番支持率が高く、その数字はバスケス大統領のそれを超えていました。また、浮動層と自らを位置づけ信条的には中道から右側の人物にとって、「ムヒカ大統領」の誕生は冗談以外の何物でもなく、その代理人の誕生をも必ずしも好ましいとは思っていません。

◆アストリ経済財務相の秘策は、大統領選挙の前哨戦として制度上行われる党内選挙において、与党以外の浮動層を如何に与党の党内選挙に投票させるかということにあります。大統領選挙の前に各政党は党内選挙を通じて統一候補を選出しますが、その際有権者はどこでも一つの政党の投票を選ぶことができます。左派連合が勝利することが濃厚である2009年大統領選挙を前に、従来コロラド党及び国民党に投票してきた有権者の一部は、「反ムヒカ」の立場からアストリ候補に投票する可能性が大いにあります。アストリは、これら「反左派票」及び「野党票」を頼りに戦い続けることでしょうし、そのためには現在堅持しているIMF等の国際金融機関協調路線や緊縮財政といった政策の転換を図ることは政治的にも有り得ないと理解しても良いでしょう。

◆2009年の大統領選挙は、実質的に与党拡大戦線の党内選挙で大勢が決まってしまう見通しになっています。そして、それまでに与党では政策の対立が現在以上に顕著となり、場合によっては修復不可能の域まで達する可能性も残しています。
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◆南米の面白さの一つは国境沿いの町にあるのではないかと思っています。ウルグアイに滞在した3年間では、ウルグアイとブラジルだけではなく、ウルグアイとアルゼンチン、アルゼンチンとチリ、ペルーとボリビア、ブラジルとアルゼンチン、ブラジルとパラグアイといった風に数多くの国境沿いの雰囲気を楽しませてもらいました。

◆ひとえに国境沿いといいますが、南米の中でも当然国によって「適当さ」に変化があります。例えばブラジルとアルゼンチンの接点となるイグアスの滝周辺は、物流の流れがダイナミックである一方、ブラジル側が一向に国境検査官の人員を増やそうとしない官僚的なところが重なって渋滞がよく起こるそうです。また、ウルグアイとアルゼンチンを結ぶのは合計3本の橋。これらは現在セルロース工場建設のために閉鎖が繰り返し行われています。

◆一方で牧歌的なのがウルグアイとブラジルの国境沿いです。南米に住む日本人の方々の常識として、ブラジルに入国するためにはビザが必要ですが、この両国間の場合、自家用車又は徒歩である限り国境沿いの警備は非常に緩いです。きちんとビザを取得して国境沿いをドライブしたことがありますが、国境周辺である限り、検問は全くなし、ブラジルの広大な国境においてウルグアイは「害のない」国境沿いだと思われているのかもしれません。

◆そんな折、ニッケイ新聞で次のような記事が出ていました。

隣国でヴァイアグラ買出し=ウルグアイ=伯で転売、大儲けの人も
 【フォーリァ・デ・サンパウロ紙十九日】性的興奮剤として一躍名を馳せたヴァイアグラの類似品が安価で入手できることから、ブラジルとの国境の町のウルグアイ領リベラ市はブラジル人買い出し客でにぎわい。ヴァイアグラ詣での様相を呈している。
 価格はブラジルで平均一錠当り三〇レアル(注:1レアル=65円)だが、ウルグアイでは一・九〇レアルとチョー安値となっている。また医師の処方も必要なく購入数量も制限がないことも人気を集めており、週末になるとブラジル人でゴッタ返すという。
 主に自己消費用だが、なかにはブラジル国内で転売して利ザヤを稼ぐ人も多くいる。ただしブラジルの法令では禁止されており、大々的な密輸は行われず、個人が持ち帰るにとどまっている。ウルグアイ製をブラジル国内で販売した場合、営業停止処分のほか、一五〇万レアルの罰金となる。個人の取締りは連警の管轄だが、まだ取締りに乗り出していない。
 ウルグアイでは医薬品製造のパテントに効力がないことが安価の原因となっている、このため類似品が手軽に生産できる。ヴァイアグラはアメリカのファイザーがパテントを握っているが、ウルグアイではお構いなしに五種類以上の類似品が出回っている。
 リベラ市の薬局では、人気が高いPLENOVITを週末平均で一〇〇箱販売し、その買い手はすべてブラジル人だという。同製品は一箱二〇錠入りで三八レアルが定価。
 リベラ市に隣接するブラジル領のサンタナ・ド・リブラメント市在住の商人は、これまでリベラ市のフリーショップで化粧品や飲物、電気製品を購入してリオ・グランデ・ド・スル州で転売してきたが、昨年から「ウルグアイのヴァイアグラ」専門になった。
 週末にバスでリベラ市に入り、二〇錠入りを二十五箱仕入れている。仕入れ価格は三八〇〇レアルで、これを一錠当り八レアルで売ると、二〇〇〇錠で一万六〇〇〇レアルとなる。仕入れ価格とバス代および滞在費用を差引くと実質一万レアルの利益となり、笑いが止まらないという。これまでに取締りや検問にあったことがないとのこと。


◆この記事はウルグアイを知る上で面白いヒントが盛り込まれています。3年間ほど国境沿いの町を幾度となくドライブしましたが(といってもウルグアイからリベラ(写真参照)までは550キロ近くあるかと思います)、年々ブラジル人の観光客が増えてきていました。自分はその理由をてっきりレアル高によるブラジル人の買い物ブームと思っていましたが、この記事によれば、「裏」の理由もあったというわけです。なお、この記事ですが、いつもウルグアイ土産に悩むウルグアイ在住日本人の方々には朗報かもしれません(まあ、悪い冗談として流してください)。

◆そして、記事にある「ウルグアイでは医薬品製造のパテントに効力がないことが安価の原因となっている」という文章に注目した方、この点とウルグアイと米国とのFTA構想という点を線で結んでいただければと思います。実は、この線で見えてくるところが先の構想が成就しなかった「裏」の理由になるかと思います。米国政府がウルグアイとの間でFTAを結ぶ際にメリットとなる一つは知的財産権や特許の面でのグローバル化をウルグアイにも適用させていくことだったように思われます。米国にとっては、貿易量も大したことがなく、南米左派大陸に対する政治的なインパクトはあるものの、経済的な大義が求められるとき、唯一のポイントがこの医薬品製造のパテントだったと当時から報じられていました。

◆そして、当時の報道を振り返ると、9月下旬にウルグアイ政府はFTAの見通しにかかる報告書を作成するのですが、その中でこのパテントの件が明記されていました。その後、バスケス・ウルグアイ大統領による対米FTA構想断念の声明が出たとき、一般的に報じられていた与党・左派連合による反対とは別の線で、この医薬品製造業の政治力と医者出身のバスケス大統領との関係という切り口から調べたかったことを思い出しました。今となっては、もう少し調べても面白かったかなと思うテーマの一つです。
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◆ウルグアイ滞在中、中国新聞でコラムを書いていたときに取り扱わせていただいた三上隆仁氏が日本でこのたび日本善行会から善行賞なるものを受けたという報道がブラジルのニッケイ新聞でなされていました。

ウルグァイで第二の人生実る=林産業振興に貢献=三上隆仁さん81歳=善行賞を受賞=JICA専門家から「永住」
 [モンテビデオ発]JICA(国際協力機構)専門家としてウルグァイに係わり、第二の人生をこの国に移して林産業の開発や振興に余生を捧げている三上隆仁さん(広島県出身)が永年にわたって国際協力に寄与したことが評価され、社団法人・日本善行会(川村晧章会長)より善行賞を授与さた。授賞式は去る五月二十六日、東京の明治神宮参集殿で行われ、賞状とメダルが三上さん(代理出席)に手渡された。
 三上さんは一九五O年三月、京都大学工学部繊維化学科を卒業と同時に興人人絹パルプ(株)に入社して繊維の開発に携わった。ノルウエー政府のフェローシップを受けて同国の紙パルプ研究所に一年留学の経験を持つ。七六年に興人社を依願退職し、以後はJICAの短期・長期専門家としてウルグアイの林業、林産品加工、紙パルプ品質改善などに九三年まで係わった。
 八〇年代に一時的にJICA専門家の立場を離れた時期があったが、この間は(社)海外林業コンサルタンツ協会のコンサルタントとしてウルグァイの造林や木材利用の調査に携わり、豊富な知識と経験を買われてウルグァイ国家造林五ヵ年計画の作成にも指導的役割を果たした。今ではウルグァイはユーカリや松などの早成樹種の育成による林業・林産のモデル国として世界的に知られているが、三上さんはそのモデル化に貢献してきた。
 最近はサンパウロでも援護協会などの支援で自閉症児の教育が注目されるようになってきているが、三上さんは九〇年代初期から首都モンテビデオで自閉症児教育を支援してきており、保護者と一緒になって自閉症児教育財団を設立した。副会長として今でも貢献を続けている。その教育のため、十年間にわたりJICA専門家(三枝たか子さん)の派遣を得ることにも成功した。
 近年はアルゼンチンとパラグァイの賛同者と一緒に草の根レベルのラ・プラタ流域再開発研究会を立ちあげた。将来はこの流域を日本に対する木材と食料の生産基地にすることをめさして頑張っている。
 一九九三年、JICA専門家としての役割に区切りをつけ、LATU(ウルグァイ技術研究所)顧問に就任し、ウルグァイ永住を決意した。同時にLATU総裁を会長とするNGOのオイスカ・ウルグァイ総局の発足にも係わり、国際理事に就いている。同総局が九六年に米州開発銀行(本部・ワシントン)より受託した林業人材育成プロジェクト実施の中核を担った。
 このプロジェクトと連動して展開された植林思想普及運動の一環として、文部省と共同で全国の小中学校に「子供の森」を定着させた。〇三年十一月にウルグァイを訪問された紀宮さま(黒田清子さん)を「子供の森」実施校にご案内する栄誉にも浴した。
 最近は、琉球大学の比嘉照夫教授が発明した有用微生物(EM菌)が農牧国家であるウルグァイに極めて有効であることを試験結果から確信して、その活用技術をナショナル・プロジェクトにすべく努力している。
 その一方で「貧困を減少するには人づくりを欠かせない。そのための早成樹種の植林とEM菌の活用をアフリカの人材を対象とする集団研修をウルグァイで実施すべくJICAに打診している」と善行賞を受けてもなお気概満々の八十一歳だ。八四年には日本の外務大臣表彰も受けている。


◆その時の中国新聞の自分のコラムでは書き込める文字数が限られていましたが、ニッケイ新聞の記事を見るとおり、三上氏の活動の範囲は、自閉症児教育、有用微生物、南米南部地域連携など年々広がっています。年齢が80歳を超えても矍鑠(かくしゃく)としている姿は驚かされるものがあります。

◆日本の反対側で30年近くにもわたって、決して私欲ではなく、公への貢献を大義にしつつ、自らの仕事に生き甲斐を持ち続けている姿は、高齢者社会を迎えた日本にとって、時代の先駆者の役割を担っているような気がします。また、そのような活躍に対して偉ぶるところがないのが三上氏の魅力なのかもしれません。

◆実は、今回の受賞の話も、自分のコラムを読んだ日本善行会の広島支部の方から中国新聞社に話があったそうです。はじめに三上氏に日本善行会から話が来ているとウルグアイ駐在時に連絡したところ、「そりゃぁ、広島への恩返しができたかのぉ。よかった」とその喜びが素直に現れていました。日本には馴染みのないウルグアイですが、二国間の絆を考える際、三上氏が行ってきた数々の積み重ねが非常に貴重な役割を果たしていることは知っておきたいと思います。
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■ここ数回は、林産業の話をしていましたが、ここで精肉産業の話をしていきたいと思っています。既にウルグアイをご存知の方は繰り返すまでもないことでしょうが、ウルグアイは畜産業で経済が成り立っています。2006年でも輸出額の2割以上を牛肉が占め、更に皮革や羊毛といった産品が主要産品を成しています。従って、2000年にウルグアイで口蹄疫が発生した時には、他国がウルグアイ産牛肉を受け付けなかったこともあり、それまでの経済低迷を加速させた過去があります。

■その精肉産業ですが、ウルグアイにしては珍しく国際化した業界になっています。例えば、精肉輸出額の4~5割に関与する精肉会社は、表向きはウルグアイ企業のように聞こえますが、実態は米国やブラジルなどといった外資が入っています。

■一般的にウルグアイの経済回復の兆しとなったのは2003年に牛肉の米国向け市場開放が行われたためと言われていますが、その背景には米国親会社によるウルグアイ産牛肉の市場開放に向けた徹底したロビイングがあったと聞こえています。米国の場合、ブラジルやアルゼンチンという大国の市場開放には二の足を踏むでしょうが、人口300万人の国の牛肉輸出といったも大した規模ではありません。そのあたりを巧妙にロビイストが説いたといわれています。

■また、2006年に入ってから、ウルグアイと米国の間でFTAが締結されるかもしれないという機運が醸成されてきて、9月までは本当に実現するかの勢いでした。その際にすぐ反応を示したのが精肉業界であり、特に動いたのはブラジル資本でした。彼らとしては、米国市場にアクセスできる企業に資本参加することで、新しいビジネスチャンスを模索したと言われており、実際に参画した企業もありました。

■対米FTAは実現しませんでしたが、その後もウルグアイ政府は米国政府に対して牛肉市場開放に向けた輸出割当の拡大など、頻繁に要望を出しています。そして、3月にブッシュ大統領がウルグアイに訪問した際、ウルグアイ政府から米国政府に4項目(牛肉、繊維製品、柑橘類、ソフトウェア)にわたる市場開放要求が出されましたが、その中で牛肉についてはブッシュ大統領も黙認するような姿勢と示したと伝えられています。つまり、先の4製品のなかで、ホワイトハウスは既に牛肉の市場開放がウルグアイ企業の陳情ではなく、米国企業の陳情の域に達しており、さらに議会への根回しも一定のレベルまで進んでいると認識しているのではないかと見えます。

■ちなみに、米国向けウルグアイ産牛肉ですが、おおよそはマクドナルド社のハンバーガー用に使われているという話が実しやかに流れており、「ウルグアイ産の牛肉はその程度のレベル」という意見を耳にすることもあります。個人的には、超レアに焼いてもらって、ウルグアイ産のワインと一緒に食べると至福の時を過ごせると思うのですが、それもウルグアイにいたからかなと最近では思ったりします。
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◆6月5日、東京でメルコスール・セミナーが開催されました。今ではウルグアイと全く関係のない仕事をしていますが、ウルグアイで一緒に仕事をしたことのある方がウルグアイ代表スピーカーであるとの知らせを受けたので、会社を休んで挨拶のため出掛けることにしました。

◆はじめに、セミナーに出席して驚かされたのは参加者の多さです。今から4~5年前に似たようなテーマのセミナーに足を運んだことがありましたが、その時はまるで観衆の多くが時間潰しにやってきたかのような停滞した雰囲気が漂っていたものです。現在は資源や食糧、エタノールとホットな話題が何かと多いメルコスールに日本人の関心が向かっているのは良い傾向なのかもしれません(斜に構えた表現をすれば、彼らはブラジルだけに興味があるのかもしれませんが・・・)。

◆少しメルコスールを齧ったことのある人間としては、セミナーを通じて幾つか印象深い発言がありました。なかでも象徴的だったのは、メルコスール常設委員会委員長(メルコスールのトップ)であるカルロス・アルバレス氏の基調講演でしょう。

◆メルコスールへの投資誘致を主な命題として、加盟主要4カ国の代表者がそれぞれ役割分担をして仲良く講演をしたのが今回のセミナーの表向きの体裁だったのですが、現在のメルコスールを眺めると、発足以来最も「仲良くない」状況にあるといっても過言ではありません。特に、メルコスール域内諸国の間の不均衡性に対して小国の悲哀を味わっているパラグアイ及びウルグアイは厳しい態度で挑んでいますし、一方でアルゼンチンは大国主導スタイルの維持を念頭に小国への配慮の欠片も見せていません。基調講演でアルバレス委員長は地域不均衡に対して理解あるコメントを述べていましたが、母国を思えば、その発言もリップサービス以上に捉えることは難しいでしょう。

◆そのアルバレス委員長のコメントで「秀逸」であったのは、メルコスール創設の成果を語った時です。第一の成果として挙げたのが地域間の民主主義の醸成と政治的な安定でした。ご承知の方も多いかと思いますが、メルコスールを日本語にしますと「南米南部共同市場」でして、その目的については、ご丁寧にも外務省のHPに説明があります。

【目的・原則】
(1)域内の関税及び非関税障壁の撤廃等による財、サービス、生産要素の自由な流通
(2)対外共通関税の創設、共通貿易政策の採択及び地域的、国際的経済・貿易面での立場の協調
(3)マクロ経済政策の協調及び対外貿易、農業、工業、財政・金融、外国為替・資本、サービス、税関、交通・通信などのセクター別経済政策の協調
(4)統合過程強化のための関連分野における法制度の調和

◆そのような目的・原則によって形成されたメルコスールは、発足当初から関税同盟であり、政治的な意味合いを含むものではありませんでした。したがって、昨年ウルグアイが一カ国のみで米国とFTAを締結しようと動いた際にも、ブラジルやアルゼンチンはそのような原則を突きつけ、頑なな対応に終始したのです。域外諸国・地域との通商交渉等に際しては一つのブロックとして交渉することが「メルコスールの魂」であるというのがメルコスール加盟国間の暗黙の了解になっています(バスケス・ウルグアイ大統領も昨年末にはそのようなフレーズを使って、メルコスール加盟国に対してひとまず妥協した経緯があります)。

◆ところが、肝心のメルコスールのボスの口から出てきた言葉は、過去15年程度の共同体の最大の成果は政治的なものであり、経済面については「(EUでさえ数十年かかっているのであり、メルコスールは)未だ発展段階」と言うにとどまっていました。ちなみに、アルバレス委員長は第二の成果として経済的安定を挙げましたが、それはアルゼンチンが経済危機を起こした2001年以降であるとして、あくまで「アルゼンチン中華思想」を貫徹していました(まあ、自国経済が好調であれば、それで良いのでしょう)。

◆そのようなアルバレス委員長の言葉の端々に垣間見える大国の驕りに似た意識と原理原則の都合の良い使い分けに対して、ウルグアイをはじめとするメルコスールの小国は大きく反発していますし、昨年来顕在化している脱メルコスールの動きになっているのです。アルバレス委員長に拘れば、どうしても加害者の立場というのは、被害者の心がわからず、メルコスールのトップに立っていながらも、あのような軽率な思想が漏れてしまうのです。同席してたウルグアイ代表は恐らく呆れていたことでしょう。

◆確かに、アルバレス委員長の発言にある「政治が安定したから外資はリスクが少なくなった」というのは、論理展開として間違えないのでしょう。ただし、メルコスール全体に目を向けると、政治の安定だけでは、メルコスール域内で得をするのはブラジルとアルゼンチンといった巨大な市場を持つ国々だけであり、市場の小さな国々はいつまで経っても経済統合が進まないために地域統合の恩恵を受けることはありません。メルコスール総体としてのメリットはないのです。

◆同セミナーの日本人パネリストが「メルコスールを眺める際にはブラジルだけではなく、アルゼンチンも」と言っていましたが、日系企業のビジネスとしては「目先の正解」かもしれませんが、むしろ長期的且つ戦略的な見地に立つのであれば、「メルコスールが経済統合を深化させて文字通りの関税同盟にならない限り、日系企業にとって投資を含めたビジネスチャンスは現状以上に拡大しないのではないでしょうか」とメルコスールの経済統合度の遅さに対して苦言を呈するくらいでないと、日本側によるメルコスールの本質への警鐘として深みが出てこないような気がします。

◆最後にセミナーの場面に戻りますが、日本人聴衆の大半はブラジルとの商いの可能性の観点から見ていたでしょうから、これまで自分が強調したメルコスールの経済統合の進度云々には関心がないのかもしれません。また、そのような関心の低さは、域内貿易比率が20%強という実数を見れば当然と言えるでしょう(EUで60%台、NAFTAで40%台とのこと)。しかしながら、一方のメルコスール関係者は、メルコスールの規模(GDP1.5兆ドル+2.6億人市場)を前面に出して、日本からの投資に期待しているという現実があります。何となく互いに思惑が噛み合わないなかで、言いたい放題な午後だったような気がしました。
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◆前回はウルグアイの林産業を中心に話をしてきました。同国が林産業でそれほど有名ではなかったなかで、欧米諸国による大型投資が相次ぐなど、近年注目を集めている理由は幾つかありますが、なによりもこれまでウルグアイは未開の土地であったということでした。

◆ウルグアイの国土は約1,700万ヘクタールなのですが、そのうち農地として利用可能な土地は約1,500万ヘクタールです。実に国土の9割近くは開墾が可能という恵まれた環境にあります。それら大半は手付かずなのですが、ウルグアイ政府は、300万ヘクタール分を植林地として宛がっています。そして、そのうち、手をつけられた植林地は100万ヘクタールのみ。まだまだ余地が残っていることは、バスケス政権幹部も強調しています。

◆次に、昨今の世界の情勢からすると、森林の伐採については数多くの制約を課されています。その顕著な例は、自然林を伐採してはならないということ。これによって、一昔前にはカナダ又は米国といった北米が日本向け木材チップの供給国がシェアを大幅に下げていきました。近年では、チリ、豪州、南アフリカなどが対日市場の主要プレイヤーになっています。そして、その間隙を縫うべく、ウルグアイも2004年から対日輸出を開始して、今では日本の輸入量の3~4%を占めるに至りました。小さなシェアにも見えますが、輸入が開始されて3年程度でこのシェアを確保できているわけで、攻め方によっては更に堅実なプレイヤーになる可能性も秘めています。

◆そのような林産業の将来性を見た上で、土地を投資の対象にする外国の人々も存在しています。特に米国の年金基金などを運用する企業にとっては、ウルグアイの土地価格の安さは魅力であり、大量に土地を購入して、そこで植林を展開することで木材を追って売っていこうとするビジネスモデルが見えてきました。数週間前のNew York Timesでも不動産欄でこの傾向を紹介するなど、米国マネーの行き先の一つがウルグアイにあることを把握するのは損な話ではありません。

◆このように、昔ながらの畜産業一色に見えるウルグアイの産業ですが、水面下では着々と林産業へとシフトしているようにも見受けられます。そして、そのようなウルグアイ産業の多角化を発掘・提案・推進してきたのが一人の日本人であったというのは、二国間の関係を考える上では非常に示唆に富むことであるかと思われます(その詳細についてはこちら)。日本はそのような観点からウルグアイに対して更にPRしていっても良いのかもしれません。

◆ただし、このような林産業の「ブーム」を前に、ウルグアイ政府として用心しなくてはいけないのがインフラ整備です。特に、内陸地から木材を運搬するための鉄道及びそれら木材を海外へ輸出するための港湾が非常に脆い状況にあります。例えば、鉄道は単線であり、過去1世紀近くも抜本的な改修が行われた経緯がありません。また、主要港湾であるモンテビデオ港についても、今後4~5年程度でパンク状態に陥るという港湾局長官の発言が伝えられています。

◆国際協力銀行(JBIC)としては、そのような「ブーム」を側面的に維持発展させるべく、3月に三井住友銀行協力の上、ウルグアイ政府が発行したサムライ債に際し、保証するため、これらアキレス腱となっているインフラ整備宛の資金を宛がった経緯があります。オール・ジャパンで日本からの民間企業の参画への呼び水効果を期待しているようであり、この動きはメルコスール諸国が期待するインフラ整備にも適合しています。
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◆最近の世界のウルグアイ向け投資動向を教える上で参考になる記事が英・Economist誌が報じたものです。4月5日付なので、既に旧聞の域に入るかもしれませんが、ウルグアイでどのような産業が注目を集めているのか知っておく上で参考になると思われます。Economist誌が注目したのは、「林産業」、「精肉産業」、「自動車関連産業」、「インフラ関係」の4つです。これから数回にわたって、その記事で触れていた部分を補足する形で、それら産業を順々に概況を説明していこうかと思っています。今回は、林産業を中心に見ていきます。

◆はじめに林産業ですが、その記事でも指摘のあるように、過去15年間に75万ヘクタール(広さにして静岡県相当)のユーカリ及びマツがウルグアイ国内で植林されてきました。それら植林地はこれからも広がる見通しで、特に欧米企業はウルグアイ国内の植林地を相次いで購入し、植林を進めています。

◆それら木材の用途ですが、ユーカリはセルロース、マツは製材であると言われています。前者は、既に、BOTNIA(フィンランド)、ENCE(スペイン)、Stora Enso(フィンランド・スウェーデン)といった有名企業が投資を行っています。それも10億、12億、10億(いずれも米ドル)といった投資計画を立てており、昨年のGDPが120億ドル程度のウルグアイにとっては、林産業ブームなるものが発生しています。

◆それらの企業のなかで、先行するのがBOTNIA社です。既に2004年10月から工場建設を開始しており、2007年中盤には工事が終了するとの報道がされています。今年中の輸出開始は確実であり、仕向け地としては、欧州(55%)、中国(35%)、米国その他(10%)と伝えられています。ただし、先行企業の宿命でもあるが、その工場建設に対しては、アルゼンチン政府などが強力な反対活動を展開しており、現在でも国際司法裁判所でBOTNIA社工場建設に際してウルグアイ・アルゼンチン両国間で適正な手続きが踏まれたのかについて裁判が行われています。

◆その裁判の結果によっては、最悪の場合、同社の工場操業に悪影響をもたらしかねない理由から、現地メディアでも近年主要ニュースとして取り上げられています。ただし、そこで企業関係者が注目されるのは、ウルグアイ政府が投資家を一貫して擁護する姿勢に変わりないことです。ウルグアイ政府はこのフィンランド企業とともに環境アセスメントの見地から工業操業において周辺河川に深刻な影響を与えないことを力説しており、アルゼンチンとの協議においても、その原則を崩していません。

◆確かにウルグアイの外交手腕について、アルゼンチンのそれと比較すると、田舎の左派政権ならではといった素人臭さを漂わせています。一方、外交という「ブラックボックス」によって、この問題を曖昧にはさせないというバスケス政権覚悟も垣間見える。例えば、バスケス大統領に至っては、閣僚に対して「政策で失敗するのは許されるが、袖の下を受け取って執務に当たることは決して許されない」と厳命しています。その強い意志は今年3月2日に政権誕生2周年を祝う国民集会でも公にされていました。

◆このような政府の姿勢を反映しつつ、BOTNIA社の一件以降でも、Stra Enso社の投資計画が前進するなど、着実に対GDP比の対ウルグアイ投資額が増えています(バスケス政権発足直後の13%台から16.4%へ)。そのような実績を抱え、バスケス政権に対する海外企業の信頼は一定以上の高さを有していると思います。
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