<   2008年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

◆南半球に位置するウルグアイは夏の真っ盛り。バスケス大統領も1ヶ月近く休暇に入っており、すっかりバケーション・モードに入っています。駐在していた頃は、毎朝現地の新聞を広げると、国内有数のリゾート地であるプンタデルエステの海岸風景の写真などが載っており、仕事を始めることが憂鬱になっていました。

◆ウルグアイにとって夏の期間は観光産業の稼ぎ時です。先ほど触れたプンタデルエステがその最たるもので、夏の光景と冬の光景を比べると、本当に同じ町なのかと思えてくるほどです。そのプンタデルエステの夏を盛り上げているのは、ウルグアイの地元民ではなくて、実は隣国のアルゼンチンの人々。このことは過去のブログにも書いているので詳細は割愛しますが、要はウルグアイの観光産業は自国民の需要だけでは成り立つものではなく、むしろ他国からの訪問客で成り立っています。

◆ウルグアイ政府は、その事情が痛いほど分かっていますから、これまでのアルゼンチン偏重型の観光客誘致から少しでも多角化できればと願っています。また、アルゼンチンともセルロース工場問題に端を発した国境封鎖問題やウルグアイ・ペソ高を通じてアルゼンチンのパイが右肩上がりになる要素は少ないのが現状です。

◆それでは、ウルグアイ政府が何をやっているのか。早速、ウルグアイ観光省のHPを開いてみますと、驚いたことに右のコラムに「ウルグアイ観光情報」の漢字の文字が飛び込んできました。ダウンロードしますと、JICAと観光省が協力してFlash Playerで作った観光案内が出てきました。私の古いPCでは詳細までは見ることができませんでしたが、ウルグアイを旅行する際のプランまで盛り込まれており、親切な内容になっています。

◆JICAの観光誘致協力については、1月9日付のウルグアイ大統領府のHPでも出ているように、これまでの「第1期」のメルコスール観光誘致にかかる協力が終わり、1月から新たに「第2期」が始まるとのこと。そのセレモニーの様子は翌日の現地紙にも掲載されており、ウルグアイ政府にとっての期待の表れが見て取れます。

◆それでは、日本側はそのようなウルグアイの期待をどのように受け止めているのか。念のため、JICAモンテビデオ駐在員事務所(以下、「JICA」と省略)及び在ウルグアイ日本大使館(以下、「日本大使館」と省略)のHPにアクセスして、1月9日の出来事を確認したところ、一切情報が掲載されていませんでした(1月18日現在)。JICAに至っては、Flash Playerの観光案内のリンクもなく、折角の協力の成果であるコンテンツが宝の持ち腐れになっています。

◆そもそも、ウルグアイを旅したい人がウルグアイ観光省を探し出してまでアクセスするとは思えませんし、だからといってJICAにアクセスするとも思っていませんが、せめてJICAとしては骨を拾ってあげることはできるのではないかと。また、日本大使館でもウルグアイ観光のページがあるのですから、そこにリンクを設けるだけでも、親切な配慮になるのではないでしょうか。

◆参考までに、同じウルグアイにある在ウルグアイ米国大使館(以下、「米国大使館」)のHPをアクセスしますと、画面の中央に飛び込んできたのが「Ambassador Baxter Welcomes U.S. Tourists To Uruguay(バクスター大使、ウルグアイへの米国人観光客を歓迎)」の文字(1月18日現在)。そこをクリックすると、青い海とクルーズ船の写真と共にバクスター米国大使の写真とメッセージが出てきます。メッセージには、ウルグアイの魅力を簡潔に説明した上で、困ったことがあれば米国大使館に遠慮なく連絡して欲しいと電話番号やメールアドレスが掲載されています。更に驚いたのは、ビジネス機会を見出した観光客は遠慮なく通商部に連絡して欲しいとこれまた電話番号とメールアドレスを掲載していることです。これを見るだけでも、敷居が低く、機動力のある米国大使館を素直に評価してしまいます。

◆また、米国大使館の1月16日付の最新ニュースでは「Ambassador and Mrs. Baxter Celebrate the New Year in Punta del Este」という題名で1月11日に開催した米国大使主催のレセプションの様子を掲載していました。内容はバクスター米国大使が友人たちを集めて賑やかに振舞ったという他愛のないものですが、そのニュースを通じてバクスター米国大使は先の観光誘致の意思を「ウルグアイの宣伝マン」として、言葉だけでなく、態度で実践していることを確認させることに成功しています。大したお金を使わなくても米国政府は観光誘致に積極的に貢献していることをウルグアイ政府内外にアピールできています。

◆最後に余談として、日本大使館を擁護するわけでもないのですが、正直なところ米国大使館のHPは速報性・センス・写真の使い方いずれをとっても非常に優れています。恐らく、米国大使館としてHPを通じた広報の重要性を理解していて、戦略的に捉えるトップの眼と機動力のある担当者がうまく機能しているものと見ています。日本大使館にとっては、その存在を「敵わない相手」と見るか、「目指すべきライバル」と見るかで大きく変わってくるでしょう。
[PR]
◆年始からウルグアイ国内の政治記者の関心を引いているのはバスケス大統領の再選論議です。昨年も話題になっていましたが、2007年6月にバスケス大統領自身が再選はないと断言してから、その火種は消えたようになっていました。ところが、先日、与党・左派連合でもバスケス大統領と同じ派閥(社会党)に属するコルゼニアック上院議員から再選を可能とする内容を含む憲法改正が提案され、更に、昨年末に行われた閣議では現職閣僚からもバスケス大統領の再選を希望する旨表明する動きがありました。なお、閣議では、バスケス大統領がその件は議会で議論されるべきであると述べることで即答は避けたとの報道がされています。

◆バスケス大統領再選にかかる議論の震源地は与党・左派連合であり、非常に政治的思惑に満ちています。そして、実は左派連合が分裂しているのではないかというのが昨今の見立てになっています。与党としては、2005年に初めて政権を獲得して、当然次の大統領選挙が行われる2009年も勝利するつもりでいます。元大統領がいずれも再び大統領職に色気を見せていることで世代交代に失敗している旧2大政党(コロラド党と国民党)を尻目に楽勝するかと見られていました。

◆ところが、雲行きが怪しくなってきたのが2007年。昨年で左派連合は完全に二極化してしまいました。「左派」ムヒカ農牧相対「中道左派」アストリ経済財務相の対決です。報道によれば、両大臣とも2008年前半までに閣僚を辞任して、来る大統領予備選に準備するとのことです。2005年時点では、大衆に絶大な支持を得ながらも、ネクタイを決して締めないような風体や都市型ゲリラの元リーダーという背景から大統領に選ばれないだろうと思われていたムヒカ農牧相ですが、親米・IMF協調路線を踏襲してきたアストリ経済財務相に対峙できる唯一の候補として、祭り上げられたような形になっています。

◆一方、アストリ経済財務相ですが、経済成長を軌道に乗せたことで党派を超えた支持がありますが、左傾化する与党における大統領予備選に果たして勝利できるのかが鍵になっています。また、大統領になった場合においても、現在の与党の枠組みである限りにおいてアストリ経済財務相が与党を束ねることが出来ると思っている人は少数派でしょう。同大臣にとっては、予備選挙での勝利が唯一且つ最も厳しい試練になると思われていますし、茨の道は尽きることがないようです。

◆2007年を通じて、党の分裂による2009年大統領選挙の敗北及び野党への転落を恐れる与党議員が求めた代替案は2つ。「第3の候補擁立」と「バスケス大統領の続投」です。前者については、ルビオ上院議員(当時)に白羽の矢が当たり、バスケス大統領もそれを受けたかのように、同議員を予算企画庁長官に任命しました。これについては、反アストリ勢力によるアストリ大臣引き降ろしの一環とも見られていましたが、ムヒカ農牧相が大統領職に色気を見せつつあるとともに、今年に入って、ルビオ長官の出身派閥から同長官が大統領候補に相応しいとの姿勢を鮮明にしているため、まるで三つ巴の様相を見せ始めています。分裂が更なる分裂を招いているという状況に左派連合を陥っているようにも見受けられます。

◆そのような環境下における「バスケス大統領の続投」論です。これは、バスケス大統領の意向云々ではなく、もはや左派連合の統制が付かなくなりつつある中で、同大統領に「藁(わら)」の役割を担って欲しいという叫びにも聞こえます。過去10年以上にわたって主義主張の異なる勢力を束ねてきたバスケス大統領の調整能力にすがるしかない状況は、まるで世代交代が下手だった現在の野党(コロラド党及び国民党)を彷彿とされるものであり、なんとなくどこかの国を見ているようです。

◆当然野党は憲法を蔑ろにしようとしている与党の動きに反発。国民党政権(1990~1995年)下において経済財務相を務めたエコノミストのポサダ氏は「2009年の大統領選に勝てないと左派連合が判断した結果」と今回の大統領再選論議の本質を見透かしています。また、勝手連的にバスケス大統領再選を望む運動を起こしたホームページが登場したりもしましたが、署名は8,300程度にとどまっており、大きな動きにはなりそうにありません。

◆そもそもウルグアイにおいては、「大統領の再選」と「軍事独裁政権」とがシンクロする過去を併せ持っております。冒頭のコルゼニアック上院議員の提案した内容が1970年にパチェコ大統領時に提案されたものに類似していると新聞に酷評される始末です(ちなみにウルグアイの実質的な軍事政権開始は1973年)。如何に大統領の再選が好ましい意味を帯びていたとしても、歴史のトラウマを払拭することはなかなか難しいでしょう。何せウルグアイ人というのは過去を向いて生きているような国民性ですからね。
[PR]
◆新年になったこともあって、昨年の統計の確認を行ってみようと、ウルグアイの対日輸出額を見てみました。

2005年 3,199万ドル
2006年 4,286万ドル
2007年 3,216万ドル

ご覧のように、2006年は34.0%増を記録したことで対日ビジネスが活発になるものと思われていましたが、2007年の対日貿易額はマイナス25%となったことで逆戻りとなりました。昨年の正月と比べると、日本とウルグアイの二国間経済関係の風景は様変わりしてしまったかのようです。

◆この大幅な下げを記録した理由ですが、対日輸出の主力製品である木材チップが大幅減になったためです。ウルグアイにおける木材チップの輸出は2003年よりスペイン向けの輸出から本格的に開始され、日本勢も2004年から開始しました。それから2005年には2,210万ドル(対日輸出額の69.1%)、2006年には3,474万ドル(同81.1%)と対日ビジネスの主力製品となりました。ところが、2007年にはその額が前年比マイナス34.5%となる2,276万ドルとなりました。2006年の増額分1,264万ドルが2007年の減額分1,198万ドルによって相殺されたのがウルグアイの対日輸出の現状になっています。

◆なぜウルグアイからの輸出額が減ったのか。それは木材チップ調達の競争が激しくなってきたためです。2005~2006年までのウルグアイの木材チップ市場はスペイン勢と日本勢がほぼ山分けをしてきた構図が見てとれます。ところが、2007年は、これまで登場しなかった北欧の競争相手が出現しました。スウェーデンとフィンランドはそれぞれ798万ドル、472万ドルの実績を上げ、その煽りをほぼ日本勢が受けたことになります。

2005年 総額 6,071万ドル
(うち スペイン向け52.7%、日本向け36.4%)
2006年 総額 7,173万ドル
(うち 日本向け48.4%、スペイン向け47.2%)
2007年 総額 6,491万ドル
(うち スペイン向け43.3%、日本向け35.0%、スウェーデン12.3%、フィンランド7.3%)

◆世界的な木材チップの需要の高まりのなかで原料価格は上昇し、更に原油高騰による輸送コストの高騰などによって日本勢にとっては不利な環境が醸成されており、今年の落ち込みが2008年になっても早々挽回することはないと見られています。ウルグアイの輸出額が10%程度の伸びを示していることを見ても、日本とウルグアイとの貿易を切り口にした経済関係は、まるで冷却期間に片足を突っ込みつつあるかのように見えます。

◆対日輸出の再活性化への選択肢は、ここ数年のような木材チップに依存するのではなく、他の産品を発掘することがありますが、それほど簡単ではないようです。例えば、スペインを例にとって見ますと、同国も木材チップが輸入産品の第1位となっていますが、そのシェアは21.6%となっており、輸入産品の多様化が実現しています。ただし、他の主要輸入産品を見ますと、コメ、冷蔵牛肉、冷凍牛肉、オレンジが上位を占めており、これらは日本政府が輸入に対して消極的な品々になっています。つまり、ウルグアイ側の得意産品と日本側の受け入れ状況がミスマッチしているのです。

◆そもそも日本向けのウルグアイ産品の輸出は、それぞれの時代に有望産品が登場しては退場するというパターンを続けてきました。最近では、90年代後半に冷凍牛肉の輸出を開始して、日本向けの輸出は活性化しましたが、それも2001年のウルグアイ国内での口蹄疫発見によって行き止まり、その後は冬の時代が続きました。停滞していた中で木材チップが有望産品として登場したのは二国間の政府関係者にとっては僥倖であったのかもしれませんが、両国関係を貿易関係から強固にする基盤が構築されていたとは言い難かったのかもしれません。

◆先日のブログでも触れましたが、このようなタイミング(2008年)のバスケス大統領の訪日というのは日本側にとっては気が重いような気がします。機を逸することがどれほど影響を与えかねないものかと考えてしまいます。ただ、それを更に先送りすることで二国間を取り巻く環境が改善するとも思えませんが・・・。
[PR]
◆新年明けましておめでとうございます。ウルグアイ滞在中のようにはいきませんが、ウルグアイの反対側に位置する日本から南米の小国の情勢などを関心の赴くままに今年も書くことができればと思っています。よろしくお付き合いください。

◆さて、2007年中にバスケス大統領が訪日する可能性について、2007年5月にブログで書いたことがあります。バスケス大統領がバチェレ・チリ大統領と首脳会談を行い、バチェレ大統領が同年9月に訪日するので、同じタイミングでバスケス大統領も訪日を考えたいと発言したもので、初めてその話を新聞で読ませてもらったときには、「面白い発想だけど、事務方で止められるだろうな」と思いました。案の定、その件に関する続報はなく、この話は立ち消えになりました。

◆その埋め合わせではないでしょうが、2007年11月にバスケス大統領は初のアジア訪問先として、マレーシアとベトナムを選びました(このほかにニュージーランドも訪問)。バジェ前政権の最初のアジア訪問先が日本であったことを考えますと、その名誉を中国に奪われなかったことは幸いとしましょう。ただし、ウルグアイ政府にとっては、大統領自身が訪日を希望するようなシグナルを送りながらも反応しなかった日本政府はウルグアイへの関心が低いのだと強く感じたのではないでしょうか。たぶん日本側は認識していないでしょうけど、この時点で日本側はバスケス大統領(またはこのシナリオを描いた人物)に恥をかかせることになりました。

◆ウルグアイ政府は、2007年11月のアジア諸国訪問先に中国を加える選択肢があったかもしれませんが、幾つかの理由から含めなかったと考えられます。その一つは、バスケス政権内で中国・韓国・日本を訪問先のワンセットとして考えていたためです。これまでのバスケス大統領の外遊パターンをおさらいすると、遠方に訪問するときは複数国立ち寄ることを原則にしています。今回中国を含めてしまうと、韓国と日本の訪問を中心にしなければいけないので、今回は遠慮したと見ることができます。その意味で、この時点で既に日本はウルグアイ政府にとって重要な訪問先と見做されていないと勘繰ることもできます。

◆次に、現時点においても、ウルグアイと中国との間に横たわる或る「宿題」の答えを両国サイドで明確に共有していないためです。2006年9月、中国から呉邦国全人代委員長がウルグアイを訪問し(写真参照)、将来的に向けた経済・通商協定の締結を検討することに合意しました。ただし、どの程度まで検討するのか詰まっていないのではないでしょうか。一部報道ではFTAという選択肢もあるように伝えられていますが、中国は別に関心を寄せないでしょうし、ウルグアイ与党内左派が「中国・メルコスールFTA」という枠組みにこだわる限り、パラグアイと中国で国交が締結されていないため、非現実的な議論に終始してしまいます。

◆そんな折、12月下旬、バスケス大統領は来年キューバと中国に訪問するとウルグアイ外務省筋が語ったとの報道がされました。行き先を見る限り、なんとも左翼のガルガノ外相の発言らしいと思ってしまいます。そして、訪問先候補の中国ですが、過去数ヶ月間準備が進められており、2008年下半期に実現される見通しとのことです。

◆先ほど述べたバスケス大統領の外遊パターンからすると、この訪中の抱き合わせの候補として日本が入ってくるでしょう。他の候補ですが、バスケス政権発足の年に大使館を再開した韓国、そして前外務次官が大使として赴任しているインドが考えられます。韓国とは「メルコスール・韓国FTA」の研究会が行われており、今年は対韓輸出額も好調であるなど、ウルグアイ側にとっても訪問の機は熟しているでしょう。また、インドについてもこれまでTATA系列企業のウルグアイ進出など着実な経済面での実績を挙げています。

◆「それにひきかえ日本は・・・」というのが本論のポイントです。2007年の対日輸出額(速報値)は前年比マイナス25%の3,216万ドルになり、2007年ウルグアイ輸出額の大幅な伸びと比較しても、この貿易関係の冷え込み方は目立ちます(背景については別項で説明していきます)。

◆歴史にif(もしも)は禁句ですが、バスケス大統領の9月訪日が実現していた場合、対日輸出の主要産品である木材チップに関係する動きとして日本製紙がウルグアイに駐在員事務所を開設した直後であったことを話題にすることができましたし、地上デジタルテレビ日本方式の売り込み(又は駆け引き)の余地はあったでしょう(実際8月末にウルグアイ政府は欧州方式に決定)。現在、日本とウルグアイの首脳間で何をネタにして話をすればいいのか。二国間関係発展という大局を考える際、日本側はバスケス大統領の「政治家としてのカン」に信じてあげても良かったのかもしれません。

◆今後の見所ですが、中国本位で進められている「アジア歴訪・パート2」の訪問国に果たして日本が含まれるかどうかでしょう。2007年までに見られたウルグアイ側が日本側に気遣う流れは終わり、2008年はその立場が逆転するのではないでしょうか。ウルグアイ側は他の訪問国と比較しながら訪日可能性の検討を進めることでしょう。そもそも二国間関係発展に資する持ちネタがない日本側にとっては、この訪問後には「アジアの主要パートナー」の位置を失いかねない可能性もあります。更に、ネタがないから会う必要はないといった不作為によって訪問国にすら含まれなかった場合、これはバスケス政権中の二国間関係は停滞から脱することができなくなるでしょう。日本側は結果としてバスケス大統領に恥をかかせている前科があるというスタンスに立って取り組んだ方が得策でしょうし、その点を理解していないと、両国間のボタンの掛け違いの中で二国間関係が進みそうな気がします。
[PR]