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次のウルグアイの大統領選は2009年10月で、1年以上も先ですが、Cifra社が4日に発表したところによると、既に85%の回答者がどの政党に投票するか意思を持ち合わせているとのことで、来年の選挙に対する関心の高さを示しています。ただし、今後の展開については、世論調査のようにスムースには行かず、深層心理が複雑なウルグアイ人を色濃く反映しそうな選挙になりそうな気がします。

世論調査では、どの政党に投票するかについては、左派連合(拡大戦線)42%、国民党35%、コロラド党7%、独立党1%です。与党の左派連合は引き続き世論調査で1位を占めていますが、過半数を満たしておらず、第1回目の大統領選に勝利する(得票数の過半数獲得)ためには不確定な支持率となっています()。

実は、この構成比は過去3~4年間で大きな変化を見せていません。2004年の大統領選挙で左派連合のバスケス大統領は50.4%を獲得して、初回の投票で勝利を収めましたが、それ以降、政党に対する支持は45%周辺を推移しているといってよいでしょう。また、国民党は35%周辺、コロラド党は8%周辺といったところ。ある意味安定しています。

では、すんなり左派連合が2009年に勝利するのかというと、いくつかのポイントがあるように思います。

1.左派連合が柔軟性をもった政党連合であるのか?

ウルグアイの場合、左派の歴史は古く、1960年代からその萌芽が見えていました。政治組織としては紆余曲折がありましたが、国民の支持については、少しずつではありますが延ばしてきており、1990年代には一定の影響力を獲得していました。2004年の大統領選挙の勝利も時間の問題だった感があり、ウルグアイ国民には当然の帰結と思われたでしょう。

ただし、この連合、社会民主主義的な穏健派から共産党と名乗る極左まで抱えたものになっています。その寄り合い所帯をまとめていたのがバスケス大統領。彼の再選は憲法上禁止されていますので、今回は他の候補で戦うことになります。候補としては2名。ムヒカ前農牧相アストリ経済財務相です。

今回の世論調査によると、ムヒカ農牧相が51%、アストリ経済財務相が35%の支持率を集め、前者が有利となっています()。ところがバスケス大統領は、次の政権はアストリ大統領、ムヒカ副大統領のコンビが好ましいと明言しており、果たして党内でまとまるかといったところが焦点になります。

色合いからすると、ムヒカ農牧相は大衆的で極左からも支持を集めています。若いときは都市型ゲリラの闘志として活動しており、叩き上げといった印象を与えます。一方のアストリ経済財務相は大学教授出身。当時の教え子を抱えて経済チームを形成し、バスケス政権下での経済成長・安定化を実現させました。

このまったく肌色の合わない2名の対決を前にして、ムヒカ前農牧相は立候補について定めていませんが、彼の出馬がなかったにせよ、彼の派閥であるMPPがアストリ経済財務相以外の人物の擁立を訴えており、アストリ経済財務相の対抗馬が登場することは間違いないでしょう。

また、逆もまた然りであり、MPPの息のかかった候補が左派連合の大統領候補として決定した場合、左派連合で穏健派に属する支持者が国民党に流れ出す可能性も否定できません。今回の世論調査を受けたCifra社のコメントでも予断を許さないと述べていますが、この左派連合が一枚岩で維持されるかといったことにかかっているためと読み取ることができます。与党である旨味を理解できるかにかかっているでしょう。

2.経済成長は誰が成し遂げたのか?

これはアストリ経済財務相支持者が強調していく点でしょう。ウルグアイは過去にない経済成長を達成し、長期債での評価も高まっています。日本でも2007年に三井住友銀行がウルグアイ政府のサムライ債を発行のアレンジャーとなりましたが、それもウルグアイの安定を見越してのものでしょう()。経済の安定によって、海外からの投資も増えており、特にバスケス政権下では木材・セルロースに対する大型投資案件が相次いで行われてきました。

この経済成長だけを見ると非の打ち所がないように思われるのですが、一方でアストリ経済財務相は税制改革もバスケス政権下で進めており、2007年7月からIRPF(個人所得税)の導入を開始しましたが、これがアストリ経済財務相の評判を落としています。一つは、これが潜在的な左派連合支持者であった中流階級の懐を痛める結果に繋がっているとの説があり、政治的なポイントにはなっていないこと。もう一つは、政治的なプロパガンダとして、税システムの改編であった税制改革が増税策と映ることになった点でしょうか。

左派連合の左かかった勢力は、実質的な経済成長の恩恵を受けたとしても、一連のアストリ経済財務相の動きが「新自由主義勢力への妥協」と映っている節があり、彼らは経済政策よりも社会政策の充実を求めることが想像されます。その予算の根拠も明確にすることなく、1920年代のノスタルジアに駆られた「大きな政府」の再現を願うところがあります。右も左も含めて、この「大きな政府」の呪縛は至るところに存在します。

3.野党は一枚岩なのか

最大野党の国民党ですが、2004年大統領選候補・ララニャガ氏を立ててくることが想定されていましたが、今回の世論調査ではラカジェ元大統領の支持率(47%)がララニャガ氏(45%)を上回っています()。これは個人的に驚きでしたが、ラカジェ元大統領(1991~1995年)の支持が未だにあるというのは、国民党が如何に刷新されていないかと見せつける結果になっており、同党にとってはマイナスの印象しか与えないでしょう。

似たようなケースは、前回の大統領選におけるコロラド党・サンギネッティ元大統領(1986~1990年、1996~2000年)の動きが参考になります。彼がウルグアイでも賢人の部類にあることは誰も否定はしませんが、「古さ」というイメージがまとわりつきました。「過去の人」がでしゃばることでコロラド党は相対的に支持率を下げていきましたし、「過去の人」と見做すことも可能であった左派連合のバスケス候補(1995年から相次いで大統領選に立候補)を新鮮な候補に仕立て上げることまで結果的にしていました。

コロラド党は2004年大統領選で惨敗。かつてウルグアイの2大政党と言われながら、実質的な政権与党として長年君臨してきた面影はありません。未だに過去のノスタルジアに引きずられている典型的な政党に成り下がっています。

・・・以上のように、岡目八目では、アストリ経済財務相を後継者として左派連合を実質的な与党にすることがウルグアイの政治・経済の安定化、投資誘致の増大を引き起こし得るのですが、有権者はそのように割り切った考え方をしていません。彼らの発想は過去に縛られており、隣国の成功事例(ブラジルやチリ)に憧れを示しつつも、参考にすることに対しては自らのアイデンティティを損なうものと飛び込むことを躊躇います。彼らの安定は、過去への安住であり、未来への安定ではないのかもと感じさせるウルグアイの政治情勢です。
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エクアドルを国として眺めるとき、米国の関係を重んじしてしまいます。これは、『エコノミック・ヒットマン』で紹介されているまでもなく、米国にとっては、「裏庭」である南米において反共の芽は早く摘んでしまおうという過去から積み重なった行動規範によるものと思われます。また、冷戦終結後では、そのような反共というお題目が反米に変わっていることも昨今の米国とベネズエラとの関係、あるいは2004~2006年辺りにメディアで騒がれた「南米左派傾向へ」という論調から見ても読み取れます。

エクアドルのコレア政権は一般的に反米と位置づけられています。それは、コレア大統領候補(当時)が当初の泡沫候補から大統領への道を勝ち取った段階において確立されました。例えば、正攻法で支持を獲得することが難しかった同候補は、当時の選挙戦を通じて、社会正義の拠り所の一つとしてベネズエラのチャベス大統領の存在を余すところ無く活用しました。チャベスという「シンボル」を最大限に利用した一例として、チャベス大統領がブッシュ米大統領を「悪魔」呼ばわりしたことに対して「悪魔が可哀相だ」と便乗することがありました。その際、海外メディアは小国・エクアドルの大統領候補に注目を与える媒体となり、結果的にコレア候補の知名度を高める結果となりました。

果たしてコレア大統領が反米であるかについて、これについて拙ブログではこれまでも一定の留保を綴っています。彼なりの社会正義の実現のため、その過程において米国が妨げているようであれば、それに容易には屈しないというのがコレア大統領のスタンスであるように思われます。そのような視点から、現在のコレア大統領を見るうえで参考になる3つのケースがあります。

1.マンタ空軍基地の米軍継続使用

先のエクアドル大統領選挙でテーマの一つになったのは、2009年11月で期限を迎えるマンタ空軍基地の米国軍使用を継続させるかでありました。同基地は、米国軍にとって、コロンビア国外からコロンビアの麻薬撲滅を図る3基地のうちの1つであり、南米では唯一の拠点となっています(他の2箇所はエルサルバドルとキュラソー)。

コレア大統領は、選挙戦の最中から継続は行わないと述べ続けており、2008年3月、コレア大統領の息がかかっているとされるエクアドルの憲法制定議会はエクアドルにおいていかなる外国軍の基地も非合法化すると可決しました。また、7月30日、エクアドル外務省は正式に米軍の10年間の継続使用を更新しない意図を伝えました()。

選挙戦の時もそうでしたが、同基地の継続使用を許可しないことは、あたかも米国とエクアドルとの断交を意味するといった論調も垣間見えていたが、結果的には粛々と行われようとしています。エクアドルとしては、麻薬撲滅に反対している訳ではなく、同基地の使用が停止された後にも、両国間で麻薬の流通が広まらないように共に取り組むことが確認されています。エクアドルにとっても、コロンビアからの麻薬等の経由地として利用されることを望んでおらず、テロ組織と見做されているFARCの進入を防いでいることと同様、国境沿いの水際作戦に従事しています。

2.イサイアス一族への追求

7月8日、コレア大統領は、1998年の金融危機に際して6.6億ドルを着服して米国に逃亡したイサイアス一族に関連する企業200社程度の差し押さえの指示を出しました。この動きに対して、メディアからは、接収された企業のうちTV会社が含まれている点を絡めて、今回の接収の背後にあるのは、9月に行われる新憲法に対する国民投票を前に、コレア政権が批判的なメディアを黙らせるためと示唆しています()。また、キューバからの政治亡命者の拠点でもある米国・マイアミの主要紙であるマイアミ・ヘラルドのコラムニストのオッペンハイマー氏は、今回の件も含めて、コレア大統領批判の急先鋒を担っています()。

コレア大統領の動きが国内メディアへの影響力強化といった高度に政治的な判断が働いたものであることは否定できませんが、それを一部米国メディアが声高にいうことも多分に政治的なきな臭さを感じます。実際オッペンハイマー氏が批判的な視点からコレア大統領を取り上げたコラムに対しては、「一面的」や「ネオコンの発想」といった批判が書き込まれています。

ブッシュ政権は当座模様眺めを維持していますが、米国政府がイサイアス一家の件でコレア政権に対峙するような形で深入りした場合、エクアドルだけではなく、南米各国からも、米国政府が未だに冷戦期のダブルスタンダードを踏襲していると冷めた目で見ることになると思われます。現在、米国政府は、6.6億ドルを着服してマイアミに在住中のイサイアス一家の関係者を速やかにエクアドル当局に渡すようにとする要請に対して、外交的な判断が迫られていますが、米国の対南米政策にかかる一つの試金石となるでしょう。

3.去り行く在エクアドル米国大使の弁

もう一点は、7月20日、近く退任するジュエル在エクアドル米国大使が、個人的な見解としながらも、コレア政権とFARCとのコネクションを見出すことは出来ないと地元新聞社(Universo)とのインタビューで発言した点です(※)。

現役の大使が退任を前にコレア政権とコロンビアのゲリラとの関係を見出すことができないと発言したことの意味は大きいです。3月に行われたコロンビア軍がFARC一団を掃討する目的でエクアドルに越境した際、米国は対テロの一環であれば已むなしとするコロンビア政府に同調するスタンスでしたが、ここに来て若干の軌道修正を図り始めたと見ることができます。また、ブッシュ政権内におけるコロンビアへの肩入れ具合に濃淡があること、更にエクアドルへの外交姿勢が一枚岩ではないといった片鱗が今回出てきたともいえます。

また、海外メディアを中心に、「極左」、「ポピュリスト」、「反米」と表面的に騒ぎ立てているコレア政権へのレッテル貼りの行為に対し、エクアドル政府と米国政府の外交当局では建設的な外交が展開できていると見ることもできるのではないでしょうか。冒頭に述べた『エコノミック・ヒットマン』で展開されていたようなレトロな二国間関係とは違う方程式が存在しているのか検証してみるのも楽しい作業かもしれません。
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