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◆本来であれば10月24日からバスケス・ウルグアイ大統領が訪日を果たし、麻生総理との会談が行われる予定になっていましたが、ウルグアイの現地紙では10月11日付で「延期」になった旨が報道されました。日本でも10月22日になってようやく時事通信がサンパウロ発ということで報じてくれましたが、そこでは「中止」の文字。結論から言いますと、「延期」も「中止」も同じというのがこれから話をしようと思っていることです。

◆そもそも誰がバスケス大統領訪日を推し進めていたのか。はじめに、日本側がバスケス大統領を日本に呼びたいとする意図は持ち合わせていなかったでしょう。百歩譲ってプロトコルの関係から結びつければ、本年9月にウルグアイへの日本移民100周年記念式典のため高円宮妃殿下が訪問したため、その返礼としてバスケス大統領が訪日するという解釈は可能だったでしょう。実際に、バスケス大統領が訪日する主旨を説明したウルグアイの現地紙は当初そのように報じていました。

◆しかしながら、一般的に、バスケス大統領の外遊をする場合、そのような儀礼的な主旨のみで外国を訪問することはあまりありません。必ず政治・経済的な大義名分又は成果を求めてきます。昨年来、バスケス大統領はアジア・オセアニア諸国(NZ、マレーシア、韓国等)訪問を開始していますが、各国には投資誘致のPRや漁業関係の協議など然るべき目的がありました。

◆今回の訪日に関しても、チリで開催されるUNASUR(南米諸国連合)の会議とエルサルバドルのイベロアメリカ会合の合間の数日間を充てるという強行スケジュールを組むほどであり、第三者からすると、何か特段の目的があったのではないかと思わせるものでした。少なくとも、ウルグアイ側は、その日程を設けてまで、日本との間で何らかの話し合いを持ちたいとするメッセージを盛り込んだのではないかと読み取れます。

◆ところが、日本側の関係者から仄聞する限りでは、バスケス大統領訪日が内定してからでも、両国間で経済的なテーマが話し合われる予定はなく、訪日は儀礼的なものに過ぎないとの見解を示していました。首脳訪問としての扱いでも、他国の首脳と比較しても劣るものでした。まず、そういった日本のテンションの低さ、つまり日本とウルグアイとの間の温度差、をウルグアイ側も時間の経過と共に感じ取っていたのではないでしょうか。

◆次に、両国間の経済面での関係強化の可能性については、9月25日にウルグアイにおいて、ウルグアイでビジネスに携わる日系企業とウルグアイ政府関係者との間で協議が持たれたとの話を聞いています。ビジネスの現場に携わるプレーヤー達も参加して、両国で何か出来ないかという可能性を模索したのでしょうが、その協議の結果をウルグアイ政府内で咀嚼したのかもしれません。その結果、ウルグアイ側にとっても今回バスケス大統領が無理をしてまで訪日することもないだろうという結論に至ったのではないでしょうか。

◆首脳や皇室関係者の往来について、任国の大使は実績として非常に大切にしたがるとの話を一般論として聞いたことがあります。今回もその意味では皇室関係者が日本とウルグアイの関係構築100周年という節目で訪問したことに意義を見出すことが出来たのでしょうが、バスケス大統領訪日については、仏を作りながら魂を込める作業を怠った結果であると見ることが出来るでしょう。

◆バスケス大統領の訪日時期がウルグアイがサムライ債を発行し、欧州勢と地デジの規格を争っているような2007年上半期であれば、日本にとっても非常に意義のあるものでしたが、現在の両国には特段のニュースも争点もなく、そのためインセンティブはありません。何もないから訪日してもらうのに適しているという発想があるのではないかと勘繰りたくなるようなタイミングの悪さでした。

◆事の真相は別のところにあるのかもしれません。しかし、ウルグアイ側が延期の理由にしている「日本の政治状況を配慮」という綺麗ごとを言わせてしまったことに対して、今回の訪日を日本側で推進してきた人々がいるのであれば、今回の失敗にかかる総括が必要なのではないかとも思われますが、如何でしょうか。
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