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地上デジタル放送方式のその後

◆日本と南米南部のつながりはあまり報道されないものですが、8月11日付毎日新聞では、「地上デジタル放送:日本、南米に活路 世界は欧州方式優勢」というタイトルで地デジ日本方式の南米展開の記事が出ていました。

「総務相「トップセールス」 
日米欧が開発途上国などに、それぞれの放送方式の採用を求めている地上デジタル放送の国際標準化問題で、日本は8月、まだ放送方式を決めていない南米のチリ、アルゼンチンなどへ官民合同の代表団を送って、日本方式の採用を働き掛ける。日本方式は「技術的には最も進んでいる」とされるが、国際標準化競争では劣勢に立たされており、南米諸国で採用されるかが失地回復のカギになっている。【尾村洋介】
 地上デジタル放送の国際標準は日本・欧州・米国の3方式あるが、採用国数では欧州方式が30カ国以上と圧倒的に優勢に立っている。
 日本がデジタル放送で後れをとったのは、それまで優位に立っていた高画質のアナログのハイビジョンにこだわって、ITU(国際電気通信連合)で国際標準として承認される時期が遅れたためだ。欧州方式や米国方式は97年に承認され、米国とイギリスでは98年にデジタル放送が始まったのに対し、日本方式が承認されたのは00年で、デジタル放送開始も03年12月だった。
ただ、日本方式はNHK、民放、メーカーなど日本の産業界全体で開発したもので、同一の周波数帯でテレビ向けと携帯端末へのワンセグ放送が可能となるな ど、技術的には大きな利点がある。ブラジルが採用を決定した際には、日本方式の技術力の高さをPRした。さらには、放送に必要な特許の一部について特許料 支払いを免除する「特典」も供与した。
 今回の訪問では、菅義偉総務相のほか、松下電器産業、シャープ、東芝、NEC、ソニーと、通信・放送関連 の標準化団体の電波産業会の役員らも同行し16~21日の6日間、ブラジルのほか、チリ、アルゼンチンを回る。菅総務相は、各国の通信放送の担当相と会談 する。チリ、アルゼンチンに対しても、ブラジルと同様の「特典」を提示する予定だ。放送方式が採用されると、その後のビジネスでも優位に立てる。」


◆この記事ですが、総務省番記者によって書かれたようで、情報源は総務省の担当部局からであると読み解くことができます。従って、地デジの国際展開のイントロとしては親切な説明がしてあるのですが、現地情勢について非常に弱い気がしました。では、南米南部2カ国がどうなっているのでしょうか。

◆まずチリですが、今年3月末まで方式を決定すると言われていましたが、3月に内閣改造で担当大臣が交代したことで、決定が延期されたと報じられています。ただし、現地紙を読めば判るのですが、チリの場合は3月末の時点で米国方式又は欧州方式のいずれかに決定するだろうとの見通しになっており、日本方式は蚊帳の外に置かれている状況でした。

◆次にアルゼンチンですが、10月に行われる大統領選挙との関係で決定を先延ばしにしているとの報道が出ています。また、同国では90年代末に当時のメネム政権が米国方式を決定することを決めており、ポイントは欧州勢の大きな影響力が従来の決定を覆すことができるかと言われています。この場合も日本方式は彼らと比べて周回遅れのような気がしますし、毎日新聞にあるような「失地回復のカギ」として扱うにはかなり劣勢のような気がします。

◆そして、南米南部の日本勢を象徴しかねない事態として、ウルグアイの主要紙El Pais紙8月7日付朝刊は「ウルグアイ政府は欧州方式を採用へ」と報じていました。これが本当の話だと、南米ではブラジルに続いて2カ国目の地デジ方式決定であり、欧州勢の挽回の兆しとなろうとしています。

◆では、ウルグアイの主要紙El Pais紙8月7日付朝刊の「ウルグアイ政府は欧州方式を採用へ」という記事ですが、もう少し詳しく見てみましょう。

◆同記事を要約すると、政府高官の発言として、ウルグアイ政府は地デジ放送方式を欧州方式に決めるだろうとしています。技術的な見地から日・米・欧のいずれの方式にも決定的な差はないなかで、「ウルグアイにとってもっとも適していた」のが欧州方式であったとのこと。欧州方式導入にあたっては、EUからソフトウェア及びコンテンツ産業の中小企業育成支援を行われる予定と報じられています。

◆ウルグアイの地デジ戦線ですが、これまでの同国主要紙によれば、日本方式と欧州方式の戦いと伝えており、ようやく最近になって米国方式関係者が同方式にかかるセミナーを大々的に開催するなど本腰を入れようとしていました。また、日本方式を採用したブラジル政府は技術協力などの申し出を2月末に行っており、同じタイミングで日本から総務省総務審議官がウルグアイを訪問し、同国政府関係者に売り込みを図るなど(2月28日付日本経済新聞)、建設的且つ効果的に工作が進められていました。個人的な印象ですが、「劣勢」と伝えられる地デジ戦線の南米南部3カ国の中で、最も日本方式採用に近い国であったと思われました。

◆では、このタイミングでウルグアイが欧州方式を選んだ理由は何かということですが、一つには日本勢が他の南米諸国の様子を見ながら時間を掛け過ぎたということではないでしょうか。ウルグアイについては、既に機が熟していて先行逃げ切りが可能であった中で、どうも日本勢が拱いていたような構図が見えてきます。

◆まず、現地紙などをフォローしますと、既に昨年11月、ウルグアイの地デジ方式決定に向けた「交渉役」であるレプラ工業相が訪日をし、菅総務相と会談を行っています。ウルグアイに帰国した際のインタビューでレプラ工業相は日本方式の技術面で非常に高い評価をしていました。レプラ工業相訪日を受けての総務省総務審議官ウルグアイ訪問でしたから、日本政府は戦略的に動いていたのかもしれません。

◆そして、ウルグアイが地デジ方式決定の際に無視できない存在であったのがブラジルでした。南米南部各国が地デジ方式を真剣に検討し始めたのは、ブラジル政府が日本方式を決定して昨年6月以降でした。レプラ工業相をはじめとしたウルグアイ政府幹部が考えたであろうことは次の点であったと推測できます。それは、「どの方式であれば、ウルグアイは勝ち馬に乗れるのか?」ということです。

◆具体的には、ブラジルの次に方式を決定することを通じて、先行者のメリットを享受しようということであり、南米におけるソフトウェアやコンテンツ系の集積地を目指すという国策に適う選択をしようと考えていた節があります。ブラジルに続いて日本方式を採用した場合には、南米のスペイン語圏への地デジにかかるソフトウェアやコンテンツ系の輸出拠点になることが可能になるでしょうし(ポルトガル語のブラジルとの棲み分けは出来ていることでしょう)、欧州方式や米国方式であったとしても似た戦略を推し進めることが可能になります。いずれにしても、ウルグアイにとっては、先行することを通じてしかこの戦略を達成することができません。

◆また、「勝ち馬に乗る」というのは、ウルグアイ政府に刷り込まれているDNAです。これはブラジルとアルゼンチンという大国の間に挟まれた小国の宿命であり、生きる知恵となっています。例えば、昨年騒がれていた米国とのFTA交渉をするかどうかの議論でも、ウルグアイ政府高官の頭にあったのは、どれが「勝ち馬」なのかという点であったと思われます。それは、「米国」か「メルコスール」かであり、バスケス大統領は土壇場で恥も外聞も捨てて「メルコスール」を選んでいます。この小国の知恵ですが、なかなか深いものがあります。

◆このような見立てからすると、ウルグアイにとって日本やブラジルが優勢であったと見ていたのは、4月頃までであったと思われます。つまり、それまでに日本側から明確なコミットを出すことができれば、ウルグアイは難なく日本方式を選んだのではないでしょうか。ところが、時間の経過と共に欧州勢は着実に挽回してきており、3月時点にはアルゼンチンやチリでは欧州方式が優勢と伝えられるに至って、ウルグアイは日本方式が南米基準となる勝ち馬であることを疑い始めました。

◆その後、ウルグアイの戦線は、欧州のペースに嵌っていったように見受けられます。特に5月にレプラ工業相がノキア社の招待でフィンランドを訪れましたが、その際に欧州側から何らかのコミットが伝えられたと見て良いでしょう。この訪問には、ベルガラ経済財務次官が同行していますが、彼はウルグアイ通信サービス規制機関(URSEC)の前総裁であるとともにバスケス政権の実力者であるアストリ経済財務相の右腕的な存在。ノキア社の目的は明らかだったでしょう。

◆その後、新聞紙面に地デジの文字が飾ることもなかったのですが、久しぶりに出てきた報道が期せずして日本とウルグアイ両国からのものでした。日本側は菅総務相が南米南部に訪問することを決定しながらも有望であったウルグアイには訪問しないことを決めたということであり、ウルグアイ側は日本方式を切り捨てて欧州方式を採用予定であるということです。どうにも、それはどこかで両国間のボタンの掛け違いがあったことを象徴するかのようなタイミングの記事でした。