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コレア大統領就任

◆1月15日、エクアドルではコレア大統領が就任しました。欧米及び日本のメディアでは、新大統領が「反米左派」であり、エクアドルが「過去10年間で8人目の大統領」といったような不安定さを象徴している国であるためでしょうか、この南米の小国に対して異例の取り扱い方をしてくれています。数多の日本語で書かれた記事の中で、秀逸であったのは朝日新聞の記事でしたが、非常に簡潔なものとしては、時事通信の速報があります。

2007/01/16-01:10
コレア氏が大統領就任=南米3カ国目の反米左派政権-エクアドル
 【サンパウロ15日時事】南米のエクアドルで15日、昨年11月の大統領選挙決選投票を制した反米左派のコレア元経済・財務相(43)が大統領に就任した。任期は4年。コレア政権誕生により、南米12カ国中、左派政権は8カ国、反米国はベネズエラ、ボリビアに次ぎ3カ国となった。


◆本欄で取り上げていきたいのは、就任準備期間を通じてのコレア大統領への評価と今後の見通しについて。最初に後者にかかる結論を言ってしまいますと、「コレア大統領は頭が良いから、当面心配いらない」との立場をとります。

◆まず、コレア大統領の国際的な知名度が上がったのは、昨年の国連総会の頃だったと思われます。反米の急先鋒チャベス・ベネズエラ大統領が同総会においてブッシュ米大統領を「悪魔」と批判した際、コレア大統領候補(当時)は、エクアドルの地において、「ブッシュを悪魔に比べるのは悪魔に失礼だ。悪魔は邪悪だが、少なくとも知性はある」と発言しました。それまでもエクアドル国内では「親チャベス」として大統領選挙で注目を集めていましたが、あの一件で世界デビューを果たしました。その後も、ベネズエラとボリビアの両首脳と行動する機会が多く、今回の大統領就任式の前日に行われた先住民に対する集会(就任式典)においても3首脳は行動を共にしていました。それだけを拾い上げると、今度のエクアドル大統領は「とんでもない奴」と映ります。

◆また、コレア大統領が今後創設しようとする制憲会議がベネズエラとボリビアが行っているものと類似していることから、あたかもエクアドルはそれら「反米左派」の両国の後を追っているように見受けられます。たしかに、3カ国に共通するのは(過去又は現在における)議会の腐敗であり、過去において大統領主導の改革意欲を徹底的に阻害したという点です。先述の「過去10年間で8人目の大統領」についても議会による大統領弾劾を通じた辞任が幾つか含まれています。現在も議会は基本的に制憲会議の創設に反対する考えを内心では有していると見られますが、エクアドル国民の大半は議会の腐敗振りに辟易しており、議会は当面国民感情を前に譲らざるを得ない状況にあります。コレア大統領は、自らの人気の勢いがあるうちが鍵だと分かっており、大統領就任日の15日には、制憲会議創設にかかる国民投票を3月18日に行う大統領令に署名しています。

◆コレア大統領ですが、自らを「ヒューマニストで、左派のクリスチャン」と表しています。「左派」については確信的なところがありますが、メディアが強調する「反米」の部分については彼は必ずしも同意していないでしょう。「愛国者」として拠って立つところが「反米」と映ってしまっているためです。自国を第一に置いている点については、大統領就任式演説でも色濃く出ていました。

◆彼の主張によれば、90年代以降のエクアドルは数字の上で一定の経済成長はあったものの、格差は広がり、そのことが先進国への出稼ぎを助長したと捉えています。新自由主義批判はそのような文脈から出てきており、大統領就任演説では、欧米諸国で働く出稼ぎエクアドル人が母国で働き、家族と共に過ごせるような環境を作るのが自らの役割であると表明しています。彼の出稼ぎにかかる発言は、出稼ぎで親族を送り出している国民の多くの琴線に触れたのでは思われます。

◆コレア大統領とチャベス大統領の蜜月については、これは両国の打算の産物です。コレア大統領にとっては、今後の債務再編において国際金融機関とのゴタゴタが収斂しなかった場合、ベネズエラのオイルマネーをあてにしようといったものでしょう(数年前にキルチネル・アルゼンチン大統領が使った手法でもあります)。一方のベネズエラにとっては、エクアドルの左傾化はチャベス大統領の夢でもある「南米統一」構想に沿ったものであり、国際社会に対して、当面は健康状態の危ういカストロ氏は奥に引っ込んでもらい、代わりにコレアを表にだして、新鮮なイメージを出そうとしていると思われます。また、両国にとっては、悩ましい隣国、コロンビアに対する牽制材料として、友好関係を築くことは損な話ではありません。

◆欧米のメディアも注目する南米の「反米左派連合」(ベネズエラ・ボリビア・エクアドル)について、肝心の南米の首脳陣は、コレア新大統領がチャベス・ベネズエラ大統領(軍人上がり)やモラレス・ボリビア大統領(コカ栽培のリーダー)とは違った存在であることには気付いている模様です。まず、ブラジル政府は陰日向にコレア大統領を積極的に取り込もうとしています。例えば12月中旬にボリビアで行われた南米共同体会議にコレア次期大統領(当時)は赴きましたが、彼の飛行機を手配したのはブラジル政府でした。また、同地においてコレア次期大統領はスピーチや会談を行ったようですが、その内容を聞いた人々の評価は総じて高かったとのこと。

◆高い評価を下している中の一人には、南米の穏健左派を代表するチリのバチェレ大統領(写真左)も含まれます。まず、12月中旬、チリ・サンティアゴで両者は会談を行い、先の大統領就任式に彼女(バチェレ)も出席しました。また、コレア大統領は、大統領就任に向けた準備段階において、チリの経験を参考にしたとも見受けられます。例えば、チリの現政権と同様、新閣僚17人のうち、7人は女性を起用。そして、国防相にはエクアドルの歴史上初めて女性の閣僚を任命しました。

◆その新国防相ですが、政治家出身であるものの、軍との関係は皆無。就任発表当時、自分はエクアドルにいましたが、関係者の話からは好意的な反応は聞かれませんでした。しかし、これも実はチリのケースを学んでいるように思われます。南米の各国では依然として政治と軍の関係の微妙な関係が未だに存在します。その中で、新しい展開を図るためには、過去に引きずられた中途半端な人物を充てるのではなく、象徴的な人物を充てることが案外活路を見出すのかもしれません。ちなみに、バチェレ大統領もラゴス前政権では国防相を務めていたりします。

◆最後に、過去10年間の政権との違いについて言及したいと思います。エクアドルにもアウトサイダーとして大統領選挙に勝利した人物として軍人出身のグティエレス元大統領がいました。彼は先住民の集団と共闘をして、体制派への不満が鬱積している有権者からの支持を得て、大統領に就任しました。形としては、今回のコレア大統領勝利の構図と似ています。

◆しかし、グティエレス元大統領が最終的に放擲されてしまった背景には、「政策路線を変更した」ことと「筋の良い既得権とのパイプがなかった」という2つのミスがありました。前者ですが、当初は反新自由主義路線に近い政策を採っていたものの、最終的に新自由主義路線に妥協したことで国民の支持を失いました。そもそも彼自身に思想的なバックボーンがありませんでした。そして、後者ですが、彼が背景とする軍は違った意味での既得権層であり、その点からしてそもそも既得権層からの訣別という課題は懐疑的なものでした。また、政官財の筋の良い人材を閣僚として獲得することができませんでした。最終的には親族を政治任命する苦肉の策を講じ、そこから腐敗が生じました。ネポティズムは旧体制のイメージを増幅させ、腐敗によって国民不信を加速する結果になりました。コレア大統領は、このグティエレス政権の失敗を他山の石にしています。

◆表面的には、色々と「反米」や「左派」といったイデオロギーという色に塗られた話がメディアを通じて出てくるでしょう。いずれにしても、コレア新政権の行く末が決まるのは最初の数ヶ月間なので、それまでは「コレア大統領は頭が良いから、当面心配いらない」ということで自らの立場をとりたいと思っています。