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アルゼンチンが地デジ日本方式採用?

9月9日、日本では共同が外電の引用しながらアルゼンチン政府が日本の地デジ方式を採用する見通しとの報道をしました。その後、日経や産経、朝日が後追いで続き、特に朝日は先走り、まるで決定したかのような報道をしていました。これらの紙面は基本的に共同のように現地紙の報道を受けてのものでしたが、産経はしっかりと日本の総務省からも裏づけをとっていたようで、他紙と比べて深さがあったように思います。

ちなみに、アルゼンチンの現地紙でLa Nacionあたりから今回の報道振りをフォローしてみましょう(スペイン語のリンク先になりますが、ご容赦のほど)。

Reuniones con Japón(9月11日)
La Argentina, más cerca de la norma de TV digital japonesa(9月10日)
Aviones, industria naval, TV y energía, en la agenda común(9月9日)
La Argentina, más cerca de elegir la norma japonesa de televisión digital(9月5日)

日本政府は寺崎総務審議官がアルゼンチンを訪問して、両国間の詰めの話合いをしているような印象を与えていますし、日程としてもアルゼンチンとブラジルの首脳会議の直後ということで、(偶然かもしれませんが)日本政府とブラジル政府の連携が取れているようにも感じさせます。リンク先には出ていませんが、8月下旬、事務レベルでアルゼンチンの担当次官がブラジルに訪問して協議をするなど、上手く物事が運ぶときの雰囲気を醸し出しています。

自分もそれなりに南米の地デジの動向については気になっていた一人です。ウルグアイでは苦渋を味わいましたし、ウルグアイ政府が丁度日本か欧州の方式を決めようかとしている最中に日本に戻ることもあって、中途半端な思いで戦線離脱をした記憶があります。当時は早すぎる勝負によって、欧州方式に攫われてしまいましたが、今回のアルゼンチンの顛末を前にすると、タイミングというのは恐ろしいと感じます。

これまでのアルゼンチンの方式決定経過を知る人々からすると、少なからず唐突感のある最近のアルゼンチンの見通しですが、関係者と話をすると、半年ほど前から潮目が変わってきたとの話を仄聞します。当然、日本方式が採用されるためには、現地の日本大使館と日系企業の努力が不可欠なのですが、それが必ずしも絶対条件とはなりません。今回もそれらプレイヤーの他に、一番強力だと思われるプレイヤー・ブラジル政府の存在を無視できません。

そもそも、ブラジルが日本方式を採用した後、総務省や外務省がなぜ地デジの南米展開に対して本気になったかを再確認すると、それは南米の雄であるブラジルが日本方式を「ブラジル・日本方式」と認識して、自ら日本方式を南米のスタンダードとして普及させようという意思が働いたためです。この力は大きく、たとえ日本が単独で南米の国々で普及に努めてみても、それは砂漠に水を撒く行為に似ています。日本方式が南米で話題になる理由、それは方式の技術的側面だけではなく、誰がその技術を語るかにかかっています。

現在の日本とブラジルとの連携がどこまで成熟化しているかは知る由もありませんが、一方で「ブラジル・日本方式」の普及のために、ブラジルは積極的な外交を展開しています。先に欧州方式を採用したコロンビアでの敗因について分析が出来ていませんが、ウルグアイの敗因の一つは、日本とブラジル両国が日本方式の南米普及に向けて本気になりきれていなかった点です。その意味では、時間稼ぎにも見える現在の日・欧・米の三種類による地デジ方式の戦いについて、日本とブラジルの連携を成熟化させる面では有利に働いたと言えるかもしれません。

また、今回のブラジルのアルゼンチンに対して地デジの話を進めるタイミングについてもブラジルの狡さが見えています。先の報道のとおり、アルゼンチンで日本方式が有利だと一気に報じられる切っ掛けになったのは、ブラジルとアルゼンチンとの首脳会談にて両国間で地デジについて技術者の共同チームの立ち上げに合意した点にあり、それに関連して、アルゼンチンの担当大臣(デビド企画相)が日本方式が有力な候補だといった主旨の発言をしたためです。これまでアルゼンチンは欧州方式に決定していると思っていた人々からすると驚きの内容となったわけです。

ブラジルがどこまで追い込んだかは知りませんが、アルゼンチンが置かれた立場と弱みを十分把握しきった上で、首脳会談に向けて経済協力にかかるパッケージを整え、その中に地デジを組み込むことに成功したと見ています。現時点でのアルゼンチンの弱みとは経済・金融状況をさします。昨年までの好調さが嘘のようにフェルナンデス新政権下のアルゼンチンは脆弱性を増しています。ブラジルの経済協力パッケージを出すタイミングは絶妙であり、これが例えば昨年9月であったとしても、アルゼンチン政府は見向きもしなかったかもしれません。

ただ、日本の楽観的な報道を鵜呑みにして良いかというと、意見が分かれると思います。18日までに発表されるとの報道もされていますが、「日本有利」の報道に対して、欧州勢は必死の反撃を水面下で行っていることでしょう。アルゼンチンで展開する欧州の通信会社にとっては、アルゼンチンで敗北することは、南米のビジネスモデルの再考を迫られる可能性もある事態であり、もしかすると我々の想像を超えるような動きを行っているかもしれません。また、ウルグアイにとっても、メルコスールの2大国が日本方式を選んだことで、自ら選んだ欧州方式が肩身の狭い思いをする可能性もあります(まあ、日本政府としては、ウルグアイが欧州方式を選んだことなど、今となってはどうでも良いことと扱っているかもしれませんが)。

アルゼンチンが日本方式を採用することが南米全体に与えるインパクトは大きいでしょう。南米の二大国である両国が日本方式を採用すれば、南米各国においても南米での方式の統一という考慮に入れる必要が否応にも生じてきます。ひとまず、日本と南米の絆が深くなるという点に限っていえば、良いニュースなのでしょう。